第11話 病院(B1パート)彼の仕事について
警察からの聴取はあっけないほど簡単に終わった。
特段隠し事をする必要もなく、女性刑事の質問へ誠実に答えていることが伝わったのだろう。
「それでは、またなにか聞きたいことができましたら、こちらからご連絡を差し上げます。その際にもご協力いただければと存じます。本日はありがとうございました。お帰りいただいて結構です」
部屋を出ると、ここへ連れてきた看護師とひらりが待機していた。
「先ほどお待ちいただいた待合室に戻りますね。おそらく後藤くんはもう少し時間がかかるでしょうから、先に私たちだけで戻ります。そのことを警察の方たちに伝えてまいりますね」
看護師は面会室に顔を出しては許可をとっている。後藤くんは聴取が終わり次第、看護師に連絡を入れてくれるように頼んで、刑事に名刺を渡していた。
「では、待合室まで戻りましょう」
看護師に従ってエレベーターで一階まで出てから検査棟へと戻っていく。
「そういえば
ひらりが問いかけてきた。
「知り合いっていうか、昨日偶然話をしただけなんだよね」
「どんな話だったんですか」
「転校してきたとか、トレーニングの話とか。他愛ない世間話ね。そのときに
「それで邪険にしていたんですか。ちょっと配慮が足りなかった気もしますが」
痛いところを突いてくる。さすが芸能界で周囲に心配りを忘れないひらりだけのことはあるな。
「学校ではいつも無愛想にしていて、ひらりのガードを優先しているからね。とくにひらりの前でガードを下げる選択肢はないのよ」
「でも昨日普通に話していた人が、翌日再会したのに口も聞かないっていうのは、さすがにまずいと思うんです。それだとかえって話をしたくなるでしょうから」
「そのことは反省しているって」
そう、こんな事態になってまだ無愛想でいる理由がなかった。こうなった責任の一端は自分にもあることがわかりきっていたから。
「そういえば、ひらり。彼、本当にどこで会ったか憶えていないの。彼は自分が芸能関係者だって言っていたでしょう」
「それが、本当に記憶にないんですよ。キャストなら顔合わせのときに全員憶えるんですけど。スタッフは直接関係する方だけ憶えるようにしています。だから私とは直接絡まないんだと思います。でも映画の撮影を知っているようでしたから、コン先輩も芸能関係だと察したんです」
「コンくんの仕事となにか関係があるのかな。でも今撮影している映画って危険なシーンはないんだよね」
「はい、私はまったく。主人公には軽いアクションがあるようですけど」
「アクションねえ。その主人公がコンくん、ってわけがないわよね」
キャストは全員憶えているひらりだから、もし主人公がコンくんなら気づかないはずがないのだが。
「違いますね。主人公はアイドルグループのタクミさんです。あの人くらい運動神経がよければ、軽いアクションなら難なくやれると思いますけど」
どうやら映画ではとくに危ないシーンはないようだ。ではコンくんの仕事とはいったいなんなのか。
教職員は全員知っているらしいが、なぜか生徒たちへの説明がいっさいない。口を閉ざさなければならない理由があるのだろう。
検査棟の待合室でひとり残っていた養護教諭の
「コンくんはまだ意識を回復していないわ。このぶんだと今日中は難しいかもしれないわね。あなたたちは帰ってもかまわないけど、どうしますか。別の教員に連絡して車で連れ帰ってもらうように手は打ってあるけど」
真夏美はひらりと顔を見合わせた。
「ひらりは今日の撮影だいじょうぶなの。時間が押しているようなら現場へ直行してもいいけど」
「クランクインは明日なんです。まだ撮影は始まっていないので今日は問題ありません」
「でも学校の男子の大怪我に付き添っていたことがバレたら、マスコミにいろいろ書かれるわよ」
ひらりは首を左右に振る。
「いえ、元はといえば私が悪いんです。自分のせいで大怪我をした人を放っておくほうが、この場合悪手だと思います」
それもそうか。自分の責任から逃げずに真正面から受け止めようとしている。一歳下なのに本当にしっかりしているな。
「垂水先生、コンくんの父親から連絡はありましたか」
「ええ、さっきようやく折り返しがあったんだけど、こちらには来られないという話だったわ。仕事が忙しいんですって」
「仕事が忙しいからって、息子の重大事に駆けつけられないなんて。やっぱり父親が虐待していた可能性が高いんじゃないですか」
「いえ、それはないと思うわ。コンくんの仕事には度胸と経験が必要なのよ。だから危険な練習を積み重ねているんだって。お父様が来られないというので、コンくんの素性をいろいろ聞いておいたから」
真夏美はわだかまっていたものをぶつけてみた。
「なぜコンくんの仕事を極秘扱いにしているのでしょうか。今回のような事態が発生してもまだ仕事を説明していませんよね」
「それはね。コンくん自身から生徒には仕事の話は厳禁だときつく言われているからよ。バレてしまったらかえって自分が危険になるからって。それについては教員全員が納得しているの」
「そこまで危険な仕事ってなんなんですか」
方向を変えてつついてみた。
「
「じゃあ、ひらりに説明してください。それを私が又聞きしますから」
「そういうことなら教えられないわね。おそらく時期が来れば関係者は皆理解すると思うわ。今はまだそこまで話が通っていないから」
待合室にチャイムが鳴った。そして音声が流れる。
〔
その言葉にひとまず看護師が吐息を漏らした。
「なんとか第一関門はクリアしたようね。次はなにがしか異変を自覚しているかどうか。自覚がなくても異変が起きているのか。それは医師が見てくれるはずですが」
なにか嫌なものを感じさせる語り口だ。
意識が戻れば無傷というわけでもない。少なくとも頭部の傷は確かにあるのだから。
(第3章B2パートへ続きます)
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