第10話 病院(A2パート)事情聴取
看護師は流れるような動作で携帯電話に応答する。
「はい、わかりました。それでは面会室の三部屋に生徒たちを案内すればよいのですね。えっと加害者は後藤くん、原因を作ったのは
話を終えたのか看護師は通話を切った。
「
どうやら警察の人が到着したようだ。
「それではお三方は私とともに警察の方が待つ面会室へ向かいますね。そこで事情をお話しください。垂水さんはここで坤さんが意識が戻るのをお待ちください。あ、あと彼の仕事については後で
「それじゃあ後藤くん、秋川さん、蛭沢さん。警察の方に包み隠さず話してきてね。コンくんのことは私が待機しているから」
「はい、あのとき起こったことをすべて話してきます。後藤くん、いいわね。あなたが短慮で行動したことは
ここに来て踏ん切りがついたのか、後藤くんはゆっくり大きく頷いた。
「かまいません、秋川さん。自分がしでかしたことを隠すつもりは毛頭ありません。しっかり罪と向き合います。ですがともちゃんは事情聴取を受けなくてもよいのではないですか。事務所に知られたらヤバいですよ」
ひらりは首を左右にブンブンと振った。
「そもそも私が原因なんですから、私が話さないと状況は伝わらないはずです」
「しかしともちゃんが警察沙汰になったなんて、すっぱ抜かれたら大スキャンダルですよ」
その言葉に垂水先生が応じた。
「であれば、スキャンダルを招くような振る舞いは控えてほしかったところね。重大事になってから慌てても遅いわよ。学校としても君の停学・謹慎処分は免れないだろうから、しっかりと反省して彼に謝罪するのね。意識が戻って話ができれば、だけど」
釘を刺す言葉を聞いていた真夏美は万一のことも考えずにおれなかった。
今回の怪我は素人が見ても重大なものだ。頭部から階段に落ちて派手に血を流してピクリとも動かなくなった。
単に意識を失っただけなのか、神経が傷ついて動けなかったのか。それはわからない。わからないからこそ、彼にもしものことが起こった可能性を否定できなかったのだ。
自分がもっと親しくコンくんと話していたら、ひらりの前で頑なになることもなく、後藤くんの出方も違っていたかもしれない。
コンくんをこんな目に遭わせた原因の一端を担っていることを自覚せざるをえない。
真夏美は後藤くんの短慮を責めた。しかし、自分自身にも短慮があったことを否定できなかった。もし、コンくんと再会したあのときに壁を作らなければ。
「それではお三方、私に付いてきてください」
垂水先生をその場に残し、真夏美が先頭に立って看護師に付いていく。
検査棟から外来棟へと歩いてエレベーターを待っていると、看護師が口を開いた。
「ともちゃんってさっき言っていましたよね。あと、たしか事務所とかスキャンダルとか。そうよね、後藤くん」
「はい、ともちゃんをご存知ですか」
「私、非番の日は録りためたドラマをよく観るのよ。そちらの方、たしか
ひらりが間髪を入れずに返した。
「はい、韮沢ともです。いつも応援ありがとうございます」
とびきりの笑顔を見せた。これもひらりの魅力のひとつだ。
「やっぱりそうなのね。今回のことはマスコミにいろいろ書かれるでしょうね。芸能活動にも制限がつきそうですけど、だいじょうぶですか」
「自分が原因で起こったことなので、処分される覚悟はしています。今はコン先輩が後遺症なく学業に復帰してくれるのを待つだけです」
「問題はそれね」
真夏美はなにごとかと身構えた。エレベーターが到着して全員乗り込むと、看護師がボタンを操作する。
「頭部に強い衝撃が加わると、今回みたいに
「もし、今回のことでコンくんに後遺症が出たらどうなるんですか」
エレベーターが停止してドアが開き、看護師を先頭に全員そのフロアに降り、目的の部屋へと急いだ。
「警察でも弁護士でも判事でもないから詳しくはわかりませんが、後藤くんになんらかの賠償責任が発生するかもしれないわね。程度によってはかなりの金額になることもあるそうよ」
真夏美は後藤くんの顔をちらりと確認した。心なしか先ほどよりも顔色が悪いように見える。
後藤くんの人生はもちろん、コンくんの人生も奪われようととしているのだ。その重圧はいかばかりか。
「この三つの部屋で警察の方がお待ちです。まず加害者の後藤くんが一号室、原因となった蛭沢さんが二号室、目撃者の秋川さんが三号室にお入りください」
真夏美はひと呼吸置いてから、部屋のドアを開いて中に入った。中には黒いスーツを着た女性が待ち受けていた。女性刑事なのだろう。
「あなたが目撃者の秋川真夏美さんですね。窓際の席に座ってください」
まさか警察から事情聴取を受けることになろうとは、考えも及ばなかった。
だからこそ、今回の出来事は重大なものなのだと思い知る。
(第3章B1パートへ続きます)
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