第7話 事件(B1パート)親衛隊の後藤

 ゆういちあきかわさんとひらりちゃんの話を聞いて、ひらりちゃんが〝にらさわとも〟名義で芸能活動をしていることを知った。

 であれば自分の仕事も話してしまおうかとも一瞬考えた。そうすれば秋川さんに冷たくあしらわれずに済むのではないか。


 しかし、命がけなのだからアイドル活動のような華やかさはない。

 それに見せてと言われて見返りもなくプロが技術を披露するわけにもいかないのだ。

 とくに悠一の仕事は興味本位に知りたがる人が多い。あくまでも裏方なのだが、その若さと技術のもの珍しさからかなりの需要がある。アクション映画ではまさに引く手数多なのだ。

 だからこそ、学校生活ではなるべく素性を隠しておきたいのだが。


 ひらりちゃんはそんな考えを吹き飛ばすかのような振る舞いを見せる。

「もしかしてですが、コン先輩は撮影スタッフさんでしょうか。現場で顔合わせしたから見たことがあるのかもしれませんが」


「そんなものかな。少なくとも俳優ではないからね」

「カメラですか、照明ですか、音声さんですか。衣装やタイムキーパーかもしれませんね」


「いやいや、一線で仕事をしているわけではないので。あくまでもサポート役なんですよ」

「サポート役。つまりスタッフというより小間使いのようなものでしょうか」


「下っ端には違いないね。でも下働きに徹しているわけでもないけどね」

「そうなんですか。具体的になにを担当していらっしゃるのか、うかがってもよろしいでしょうか」

 ひらりちゃんはきょとんとした顔をしている。


「ひらりちゃんも知っているとは思うけど、うちらの業界って守秘義務があるじゃない。とくにスタッフだと誰々さんからサインをもらってきてくれ、と頼まれる可能性もあるよね。だから誰が出演するどの作品でなにを担当しているのかを、他の人へ明らかにすることはできないんだよ」


「じゃあ私が映画の撮影に入るって聞いたコン先輩も守秘義務違反ってことですか」

 口元に手を添えて考えてみた。

 この場合、確かに悠一の問いかけが契機ではあるものの、話してしまったのはひらりちゃんのミスだ。


「厳密に言えばそうなんだけど、こちらがドラマか映画の撮影って切り出したから、それに答えただけではあるんだよね」

「なるほど。じゃあコン先輩が守秘義務違反をそそのかしたわけですね」

「悪い言い方をすると、ね」

 にやにやとした表情を浮かべたひらりちゃんが、我が意を得たりとばかりに食いついてくる。

「それじゃあ、お返しとしてコン先輩の担当を教えてくださいね」


 ちょっと困ったな。こちらの守秘義務は俳優の比ではない。

 裏方として存在がなるべく秘匿される類のもので、エンドロールにさえも名前が載らないことがあるくらいだ。


「うーん。ひらりちゃんのような、俳優さんは時と場合によっては話してもかまわない契約なんだろうけど。こちらは参加していることを知られてはならない契約だから、話せないんだよね」

「参加していることがバレたら困る、ですか。そんな役割のスタッフっていましたっけ」

「いるんだよね、これが」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな話をしていると、背後から数人が大きな態度で近寄ってきた。

 気配から察するにずいぶんと戦い慣れているように感じる。ひとりが秋川さんとひらりちゃんを守るポジションで振り返ってかるく身構える。


「おい、お前。ともちゃんとなに馴れ馴れしく話しているんだよ。俺たち親衛隊の許可も得ずに」


 おいおい、この令和のご時世に親衛隊とはなにごとなんだ。あんなの昭和の遺物だろうに。


 見れば百八十センチを超えんばかりで筋骨隆々の巨漢がひとり立ちふさがっている。こちらの背後には取り巻きと思われる三名の男子生徒が廊下を塞ぐように整列している。

 ケンカが目的なら相手を逃さないための態勢だろう。たとえ俺が反対側へダッシュで逃げようとしても捕まえる気でいるのだろう。


 さて、どう切り抜けようか。ひらりちゃんから離れれば追ってこないかもしれないが。こういう親衛隊とやらは「初めが肝心」とばかりにガツンと一発食らわすつもりもありそうだ。


「ちなみに親衛隊の隊長さんはどなたですか」

 試みに問うてみたが、わかったからといって従うつもりもないのだが。

「そちらにお見えの秋川さんだ」


 こりゃ驚いた。じゃあ秋川さんに〝絶対零度の女王様〟と二つ名が付けられたのは、ひらりちゃんの親衛隊隊長という側面もあったってことか。

 だから河合かわいは昼休みに近寄るなって言っていたのだろう。もう少し詳しく教えてほしかったところだが致し方ない。


「じゃあ秋川さんがノーと言えば、俺は今ここで叩きのめされるってわけか」

 一人称が俺に変わってしまったが、今はこの修羅場をどう切り抜けるかだ。


 かるく挑発して暴発を誘おうか。どうせすぐに騒ぎを聞きつけた教員がやってくるだろう。二年B組は職員室から階段と二部屋を挟んだ位置に存在しているからな。


「秋川さん、彼らにお引き取り願いたいんだけど」

 顔の筋肉をピクリと動かした秋川さんは、再び感情を押し隠して無表情に戻った。


「それならひらりのそばから離れることね。近づくからにらまれるのよ」

「うーん、ひらりちゃんに聞きたいことがあったんだけどな。とくにお仕事関係で」


「ミーハーかよ。貴様のような軽い男がともちゃんのそばにいるを我々は看過できない。覚悟するんだな」


 話が通じない、か。しかしプロがアマチュア相手に本気で戦うわけにもいかないし。

 こちらの仕事を明かせないから、余計ににらまれるのは承知しているが。だからといって、軽々しく名乗り出ることもできない契約なんだから致し方なし。

 これで前の学校でもひと悶着あったんだよなあ。


「こちらの言い分は伝えたぞ。それでも聞き分けが悪いのなら、身体に刻み込んでやるぞ」





(第2章B2パートへ続きます)

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