第3話 出会い(B1パート)忠度学園
一夜明け、
場所は編入試験を受けたときに取り決められており、職員立ち会いのもと確認してあったので道に迷うことはなかった。
新たに編入するクラスの担任と待ち合わせることになっている。
編入する生徒としては早すぎず遅くならずというギリギリの時間設定で到着するのがよいだろう。早く着きすぎると担任教師が困るし、遅れてはその後のスケジュールが圧迫されてしまう。
設定時刻は午前八時だったが、職場では五分前行動が原則である。だから編入も五分前行動で行うことを意識した。
校舎の裏門が見えてくると、その前にひとり、紺色のスーツを着た女性が青いバインダーを広げて立っていた。編入試験のときに会ったので顔見知りではある。ただそのときは名前も教えられていなかったから、話しかけづらいところだ。
そのまま歩いていくと、こちらに気づいたのか先方から近寄ってきた。
「
編入試験のときに聞いたのだが、有名大学に挑戦する生徒はA組とB組、すでに仕事を持っている人もB組に入るのだという。C組とD組は忠度学園大学へとエスカレーター式に進学する生徒が集められているらしい。
それぞれのクラスで勉強の進み具合が異なるようだが、悠一の学力を編入試験で確認し仕事のことを考慮されたうえでのB組入りだ。
高階先生が裏門から敷地内へと入っていく。
忠度学園は制服もあるものの強制ではなく、私服でも通えるのだと聞いている。だから悠一はとりあえず当たり障りのない前の高校の制服を着てきた。
クラスの生徒たちの私服率を確認して、明日から私服で通おうかと算段していた。いつまた転校するかわからないため、制服に縛られない校則はとても助かる。
高階先生は下駄箱の前で靴を履き替えた。学校指定の上履きは取り寄せになって間に合わなかったため、体育館履きにする予定のスニーカーを用意してきた。
高階先生に従って二階を目指す。
案内された職員室へ入ると、居並ぶ教師陣の前に立たされた。高階先生にあいさつを促される。
「このたび二年の一学期途中からですがお世話になります、坤悠一です。呼びづらいと思いますので〝コン〟でお願いいたします」
教頭先生と思しき年かさのいった大人が歩み出た。
「わかりました。私は本校の教頭を務める三浦です。それではコンくん、君が学園に慣れるまでは、私たちが全面的にバックアップいたします。仕事をしているとのことでしたが、先方から確認もとれましたので、学業優先のA組ではなく、仕事優先のB組で預かります。担任の高階先生の顔をよく憶えておいてくださいね」
「わかりました」
仕事の都合上、人の顔を憶えるのは得意だ。とくに憶えようと意識した顔を忘れることはない。すれ違った程度だと自信はないが。
「それと、君の仕事のことなんですが。他の生徒たちに知らせたほうがよいのでしょうか」
人当たりのよさそうな表情を浮かべている三浦教頭が問いかけてきた。
編入試験の際に提出したアルバイト欄を読んでいたのだろう。試験官を務めた教師の姿もあるから、そちらから聞いたのかもしれないが。
「いえ、できればアルバイトの内容は伏せさせてください。僕からもアルバイトを公言するつもりはありませんので。もし知られれば興味本位で人が集まって、危険なことになりかねませんので」
「そうでしょう、そうでしょう。コンくんの言うとおり。うちは芸能人も多数抱えていますから、そちらとの接点があるかどうかが気にはなりますが」
「僕の仕事は知らない人が多いので、おそらく接点のある生徒さんはいないと思います。たいていは年上の人と仕事をしていますから。同年代の人には危ないマネはさせられませんからね」
「それではコンくん。一時限目のホームルームでこれからクラスメイトとなる生徒たちにあいさつをして、そののち私が校舎の案内をいたします。広い敷地なので、まずは本高等部校舎と体育館をまわります。あいさつが済んで一時限目が終わったら、校内を案内いたします。ですので休み時間になったら廊下へ出てきてくださいね」
教頭の三浦先生がにこにこしている。
一時限目の予鈴が鳴ると、高階先生が声をかけてきた。
「ではコンくん、さっそく教室へ案内するわね。二年は二階だから職員室と同じフロアよ」
二年B組は階段を挟んでふたつ教室を渡ったところにあった。
予鈴が鳴ってはいたものの、教室は賑やかで落ち着きがない。
「コンくんはここで待っていてください。教室内を静かにさせてから紹介しますので」
はい、と応じると本鈴が鳴った。
高階先生が扉を開けて中へ入っていく。
生徒の声で起立・気をつけ・礼・着席がワンセットで行われると、ホームルームが始まった。
「ええ、知っている人もいると思いますが、今日から編入生が加わります。これから皆さんとともに勉学を共にいたしますので、今から紹介します。コンくん、入ってきてください」
悠一は開いたままの扉から中へ入り、高階先生の立つ教卓へと歩んでいく。
教壇に立つと生徒に背を向けて二段式の巨大なホワイトボードに黒いマーカーで〝坤悠一〟と書いた。振り返って生徒たちを見据える。
「名前は坤悠一です。読めないと思いますので〝コン〟と呼んでください。以後よろしくお願いします」
ハキハキと淀みなく自己紹介を済ませた。
転校慣れしているので、教室内を見渡して空いている自分の席を探す。
そのとき、窓際の中ほどに昨日公園で出会ったあの女子高生が座っているのに気づいた。
悠一の様子を
「コンくんは窓際の最後列に座ってください。二学期になれば席替えも行いますから、それまでにクラスメイトと仲良くするように」
「はい、わかりました」
最後列ということはクラスの雰囲気がつかみやすいポジションである。
気づくと、廊下から教頭先生が中をうかがっていた。
先ほどアルバイトについて聞いてきたから様子を見に来たのだろう。面倒見が良さそうだったので、悠一がクラスに馴染めるかどうか心配しているのかもしれない。
窓際の通路を歩いて昨日の女子高生の横に差しかかるが、声はかけられなかった。視線すら配られた様子がない。まるで上の空である。
昨日の感じのよい印象が崩れかけた。それとも他人の空似か、双子の姉妹なのかもしれない。
「坤くん、僕の後ろだから」
列の後ろにいる男子生徒が手招きしている。そちらに向かって歩んでいくと「僕、
俺はまず座席に着くことを優先した。
「河合くん初めまして。さすがに姉も妹も双子もおりません。僕と父の二人暮らしですから」
「なんだあ、つまんないの。でも坤くん、この学校を選ぶとはお目が高い」
なにを言い出したのかわからないが、受け答えはしっかりしておくべきだろう。
転校早々孤立を選ぶのはナンセンスだ。
「忠度学園だとなにかいいことがあるのですか」
「休み時間に教えてあげるよ」
すると教壇から盛大な咳払いが聞こえてきた。
思わず大声で話していたようで、河合くんも慌てた様子で前に向き直った。
休み時間には校内を案内してもらう約束があるから、河合から話を聞くのは後の話になりそうだが。
(第1章B2パートへ続きます)
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