第2話 出会い(A2パート)失敗

 大きく飛び出したのち、意識を集中してブランコの周辺に立てられたガードパイプの上に両足を下ろす。

 しかし、勢いがありすぎたのか下りる姿勢に無理があったのか、足が滑って落下しパイプにお腹をしたたかに打ちつけた。

 不意を突かれ、腹筋がゆるんでいたため呼吸しづらい。


っ、たたた」

「ちょっとあなた、だいじょうぶなの」


 彼女はあわてたようにそばまで駆け寄ってきた。

 ゆういちはお腹をさすりながら立ち上がると、揺れているブランコを止めてそこに座った。


「ああ、まだまだだなあ。この程度の技をしくじるなんて」

「ちなみに今のはなにをしようとしたの」


「わかるかどうかが疑問だけど。さっきのこうほうしんしんちゅうがえりにひねりを加えて、パイプの上に着地するというのが成功したときの技なんだけど、最後の着地に失敗したからなあ」


 その様子をうかがっていた女子高生は、なにかを思いついたらしい。両手を胸の前でパチンと打ち鳴らした。


「ああ、そうか。空中ブランコよ、空中ブランコ。どこかで見たことがあるとは思ったんだけど。だからブランコがトレーニングの一環なわけね」


 そうとらえられてもおかしくはないか。

「ちなみにサーカス団員でもないからね」

「えっ、違うの」


「そう。ただの危険が大好きな高校生に過ぎないからね」

「でもあんなかるわざをトレーニングでやるくらいなんだから。体操選手でもサーカス団員でもないなんて。あなたのことがわからなくなってきたわ」

「世の中には知らないことのほうが多いってことだね」

 その言葉尻をとらえる形で女子高生が尋ねてきた。


「ところであなた、どこの高校に転入するの」

ただのり学園高等部ってところだよ。こう見えて有名私立に転入できるほど頭脳はめいせきなんだよ」

「へえ、忠度学園の高等部ねえ。中途編入も受け付けていたのか。頭脳明晰かはわからないけど、運動能力は確かに非凡よね。でもどうしてこの時期に引っ越しなんてしてきたのよ。前の学校でなにかやらかした、とか」


「なにかやらかしたって」

「たとえば校長先生をぶん殴ったとか、地元の不良を全員のしちゃったとか」


 女子高生は悪いイメージをどんどん膨らませているようだ。

 ここは強く否定しておくべきか。変に誤解されないほうがよいだろう。


「親父がコンビニチェーンのエリアマネージャーなんだよ。急な人事異動でここほしづき市を含む地域に配属されたってわけ」

「じゃああなた自体は問題児ではないわけね」


「さて、それはどうだろう。こう見えて仕事もしているからね」

 悠一は右の口角をわずかに引き上げた。


「仕事って、あなたの職場もお父さんが働いているコンビニチェーンなの」

「いや、違うよ。場所はその時々で決まるからなんとも言えないんだけど」

「部外者に教えられるような仕事じゃないってことなんでしょうね」

「理解が早くて助かるよ」


「ちなみにあなたは運動部のどこかに入るつもりなの。忠度学園には体操部もあるし、部員じゃなくてもトレーニングくらいはできるんじゃなくて」


「部外者に練習場所と時間を提供する体操部って聞いたことがないよね。そもそも選手が怪我しただけでもおおごとになるだろうし」


 ある疑問が浮かんできた。

「そういや、ここまで話していて、自己紹介がまだだったな。俺はひつじさる悠一。皆からは〝コン〟って呼ばれている」


「〝ひつじさる〟。なんか人名としては聞いたこともないわね。漢字ではどう書くの。動物のメーメーと鳴く羊とキーキー言う猿なのか、十二支の未と申なのか」

「どちらも違うよ。成り立ちという点では十二支はいい線いっているんだけどね」

「いい線ねえ。で、どんな漢字なの」


「君も高校生なら〝けんこんいってき〟って四字熟語は知っているよね」

「もちろんよ。でもそれがなにか関係あるの」

「乾坤の坤と書いて〝ひつじさる〟って読むんだよ」


 そう聞かされた女子高生は、ショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。

 素早く指を滑らせている。


「えっと、〝ひつじさる〟っと。あ、本当だわ。坤の字に変換できるのね」


「でも〝ひつじさる〟だと呼びづらいだろう。だから今まで周りからは〝コン〟と呼ばれてきたんだ」

「それでコンくんなわけか。納得ね」


 改めて女子高生の容貌を確認すると、目鼻立ちがはっきりとした美人と呼べる顔立ちをしている。

 化粧はそれほど厚くはなさそうだし、地顔がすでに美人なのだろう。

 悠一が知っている女優と比べても際立っているように見えた。それに軽装の上からもわかるほど筋肉が程よくついている。

 スポーツはしていないと言っていたが、なにか心得はありそうだ。


「君は武術か武道なんかで身体を鍛えているんだろう」


「どうしてわかるのかな」

「全身の筋肉のつき方が戦い方を知らない素人の女性とは思えないからね。本格的に武術や武道をやっているんだろうと体つきでわかるよ」


 いつの間にか全身を確認されていたと気づいた女子生徒は、いたずらっぽく立ち上がって身体を背けた。

「私にちょっかいを出してきたら、たとえ体操選手でもサーカス団員でも、蹴って投げ捨ててやるから覚悟しておきなさい」

 彼女は振り返って半身に構え、両手を胸の前で前後に構えたファイティングポーズをとっている。

 構えにスキは見られない。ということは武術や武道の類なのは間違いないようだ。


「じゃあ私はこのへんで失礼するわ。面白いものを見せてくれてありがとう。今度は失敗せずに決まるといいわね。またね、コンくん」

「あ、ああ。またね」


 またここで会おうってことなのかな。どうせなら同じ高校に通っていると学園生活を満喫できそうなんだけど。


 すたすたとリズミカルに公園を去っていく彼女の姿を見ていると、やはり只者ではない印象を受けた。その無駄のない歩み方は格闘技の高段者を思わせる。


 彼女が公園を出る寸前になって悠一はあることに気づいて大声で呼びかけた。


「君、なんて名前なの。俺ばかりが名乗るのはフェアじゃないだろう」

「明日になればわかるわよ、コンくん。そう先を急がないことね。あとで知ったほうが楽しいこともあるわ」


 それだけ口にすると彼女は公園から見える道路を曲がって姿を消した。


 公園では、数名の母親が児童を遊具で遊ばせている。

 悠一はもう一度ブランコを漕いで、失敗した技に再度挑むことにし、高く飛び立った。





(第1章B1パートへ続きます)

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