スタントの申し子

カイ艦長

スタントの申し子

第1章 出会い

第1話 出会い(A1パート)秋川真夏美

 ほしづき市の賃貸マンションに、唯一の肉親である父とふたりで引っ越してきた。


 敷地にある広い公園はマンションの清掃員が管理しているのか、ゴミひとつ落ちておらず清潔に保たれている。多様な木々や草花が植わっており今は紫陽花あじさいが咲き誇っている。


 園内には砂場や高低の鉄棒、うんていや登り棒、ジャングルジムや簡易アスレチック、ブランコや滑り台など遊具も充実していた。

 おそらくマンションの住人向けのはずだが、マンションとは反対側からも数多くの親子連れが訪れるため、地域の遊び場として認知されているようだ。


 ゆういちはさっそく入念にストレッチを行なった。

 以前住んでいたマンションの近くにあった公園もトレーニング場だったが、ここはさらに設備が充実している。

 身体がじゅうぶんに温まると、二つ並んで設置されているブランコの片方に立ち乗りしてぎ始めた。きしみもなく滑らかに動く。ストレスを感じないで済むのはありがたい。


「あら、その歳でブランコなんかに乗ってなにしているのかな」


 漕ぎながら声のする方向を見やると、さらさらと艶めく長い黒髪の女性が近寄ってきた。ピンクのブラウスに白いフレアスカート、白いスニーカー姿だ。清らかという第一印象だが、意外に線の太さも感じた。


「俺ってそんなにブランコが似合わないかな」

「少なくとも小学生には見えないわね」

 その言葉に思わずムッとしてしまった。


「ブランコが小学生のもの、なんて偏見だと思うけどな」

「でも、定番じゃない。幼稚園にもあるけど、公園のブランコは主に小学生向けでしょう」


「でもテレビドラマなんかだと、夜の公園でブランコに乗って語り合うなんて姿も見られるよね」

「ドラマと現実は一緒にできないわよ。仮にそうでも、使っているのは夜であって、今のような夕方にはまだやって来ないんじゃなくて」

 そこまで言われると反論のしようがないな。

「だから、今の時間にブランコに載っているのは小学生ってことよ」


「俺はもっと上だよ。これもトレーニングの一環なんだ」

「トレーニングねえ。小学生に見えないのは確かだけど」

「じゃあ何歳に見えるんだよ」

 ついぶっきらぼうに尋ねていた。


「そうねえ。小学生には見えないけど、卒業したばかりの中学生よりも上かな。でも大学生にしては無理があるわよね」

「つまり」

 悠一は女性を急かした。

「一周回って社会人って可能性も捨てきれないかな」

「社会人ってあのねえ。俺がひげづらに見えるとでも」

 大学生に無理があるのに、なぜ社会人なんだ。

 あながち間違いとも言えないのだが、ふいちょうするわけにもいかないしな。


「社会人の全員が、髭面なわけないじゃない。見た目はかえって小綺麗にしているくらいでしょう。大人にふさわしいたたずまいよ」


「言葉遊びはいいから、実際は何歳に見えるんだよ」

「そうねえ。一学期の途中しかも六月になってから引っ越してくるくらいだから、高校生ってところかしら」


「なんで引っ越してきたってわかるんだよ。俺は一言も引っ越しなんて言っていないけど」


「だって、あなたのこと今まで見たことがないもの。私、ここにはよく来るの。もし昔からここに住んでいるのなら、私が顔を見ていないはずがないもの」


 ん、なんだろう。なにかがおかしいことはわかるんだけど。


「君に会ったことがないから引っ越してきたとわかった」

 ああ、そういうことか。


「ていうか、君もここによく来るのなら、それこそ小学生なんじゃないのか」

「あなたねえ。この身長を見てどうして小学生だと思えるのよ」

 そう言われて身長を意識すると、確かに背は高いようだ。

 自分が百七十センチ強だから、百六十七、八はありそう。しかもスタイルがよいのだろう。既製服を着ているはずだが、安っぽく見えない。

 シンプルな服ながらもじゅうぶんに着こなしているようだ。


「その長身だと、なにかスポーツをやっているとか。バスケットボールとかバレーボールとか」

「しないしない。どちらも百八十以上は欲しいところね」

「小さな巨人って例もあるんじゃないの」

「そのスポーツに打ち込んでいればね。私、どちらのスポーツもそれほど興味ないから」


 ということは中学生でもない、か。

 全身に筋肉がそれなりに付いていて、力はありそうだ。

 ただ、改めて大学生として見るときゃしゃに映る。骨格がまだ育ちきっていないのだろうか。


「ということは消去法で君も高校生ってところか」

「どういう消去法なのかは聞いてみたいところだけど、〝君も〟ってことはあなたが高校生なのは確かなのね」


「別に隠すつもりはないよ。君の言うように高校生だ。高校二年生」

「へえ、高二でブランコが趣味なんだ」

「だから、これはトレーニングの一環なんだって」

「ブランコを漕ぐことが」

「そう。まあ見ていてよ」


 悠一は加速をつけてブランコを漕ぐと、大きく飛び出してくるりと一回宙返り。そしてガードパイプを飛び越えてぴたりと地面に着地した。

 振り返って女子高生を見ると、目と口をあんぐりと開けている。

 さすがに驚かせすぎたかな。


「今の、なんなの」

 たどたどしい声が響いてきた。

「後方伸身宙返り下りだね」

「それって体操の技かなにかなの」

「宙返りがすべて体操の技なのかには疑問の余地はあるけど、それで認識できるのならいいんじゃないかな」

「なにか隠しているわね」


 悠一は乱雑に揺れているブランコの座面を左手で受け止めると、開始地点まで下ろした。そのまま足を載せて再び大きく漕いだ。


「今度はなにをするの」

「トレーニングの一環だよ。少しずつ難しい技を体に憶え込ませるんだ」

 そう答えてから、じゅうぶんに加速のついたブランコから大きく飛び出すと、伸身のままで後方へ回りつつひねりを加えた。

 おそらく先ほどよりも驚いてくれるだろうが、まだまだこれからだ。





(第1章A2パートへ続きます)

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