第15話 先人の教え

あの日、凛斗に向き合うとは言ったが、具体的にどう向き合うか結論付けてないまま日が過ぎていってる。こんな状態じゃ、自分で約束を反故にすることになる。待たせているのも大概だが、一刻も早くと思ってしまうといかんせん空回りしてしまう。そんな中、ふと、凛斗に言われたことを思い出した。


『誰かに聞いてみれば?親父さんとか』


『直接言わなければいいんだよ。例えば『恋ってどういうものなのか』みたいな聞き方』


正直、父さんにこの事を話すのはこっぱずかしいが、今はなりふり構ってられないと思う。それならと思い、これからのスケジュールを練り始めた。

***********************

入院期間も終わり、ようやく退院することが出来た。退院時には、家族も盛大に喜んでくれた。義母さんなんか「今日はパーティーね!」とか言ってスゴい高いお寿司屋さんの出前頼もうとしてたし。それだけ喜んでもらえるのは俺もしても嬉しいが、ちょっとやりすぎな気もしなくもないが。ただ、俺の本当の目的はこれじゃない。


「おはよう、父さん」


「おはよう弘貴」


翌日、朝起きるとリビングには父さんだけがいた。美亜は友達と遊びに行っていて、義母さんは近所のママ友達とお茶に行っている。話すなら今しかないと思い、俺は父さんに話した。


「ちょっと、相談したいことがあるんだけど、いいかな?」


「うん、いいよ。どうせなら、ドライブしながら話そうか?」


「分かった。じゃあ、すぐに準備してくるね」


数分後、外出の準備を終わらせて父さんと一緒に家を出る。途中、コーヒーショップでコーヒーをテイクアウトしてから車を走らせる。穏やかな空間が続くなか、俺が話を切り出した。


「ねえ父さん、恋ってなんだと思う?」


「恋?弘貴からそんなこと聞かれるのははじめてだな。何かあったのか?」


「うん、まあね。あったんだけど、好きっていう感情にどう向き合えばいいのかはっきりと分からなくて」


父さんは意外そうに、かといって茶化すこともせずに話を聞いてくれる。男手一人で俺を育ててくれたのが、まだ未熟だが俺の人生観にかなり強く影響していると思う。


「そうだな…。なら、ちょっと遠出することになるけど大丈夫か?」


「いいよ。今日は時間はたっぷりあるし」


「よし。とはいえ、あまり長く付き合わせてもあれだから、できるだけかっ飛ばしていくぞ」


そういってスピードを上げ、車はぐんぐんと先へ進む。やがて隣町に着くと、小高い丘の上にある公園に着いたところで車を停め、外に出た。


「父さん、ここは?」


そこは、特になんの変哲もない、普通の公園だった。強いていうなら、そこから見える景色が綺麗ということだけだ。近くにあるベンチに座りながら、父さんは話し始める。


「ここはな、父さんとお前を産んでくれた母さん─もういなくなっちゃったけどな─が付き合い始めた場所なんだ。父さんから告白してな」


父さんは自分の経験をもとに、俺に話していく。その話し方には、昔を懐かしく思い、もしも今もそれが続いていたらというような、憂いを帯びているように感じた。


「父さんだって男だ。相手の容姿だとか、性格だとか、好きになる要素は様々だ。だけど、父さんにも分からないことはある。『ちゃんと付き合うためにはそれに見合った理由が必要』弘貴より長く生きてきたけど、これだけは、本当に分からないんだ。父さんだって付き合い始めたのはほとんど勢いだったし」


誰だって分かることと分からないことがあるのは知っている。もちろんそれを責めるつもりなんてさらさら無いが、父さんはちゃんと答えられないことに僅かに罪悪感を感じてしまっている。それでも、父さんは続けた。


「ただな、最初は分からなかったとしても、一緒にいる時間が長くなっていくほどに分かったんだ。この人と時間を共有すること自体が楽しいんだってなっていくことに。学生の恋愛なんて、所詮はそんなところから始まるんだ。それが続くかどうかはその人たち次第さ」


一転して、なんだか清々しい雰囲気で話す父さん。


伝えたいことを伝えきったから故か、はたまた別の何かかは分からないが、気が晴れたのなら良かった。そして父さんは俺に向かって問いかけてきた。


「で、弘貴、考えはまとまったか?」


正直、まだ確証はない。だけど、逃げて回っていても、なにも進歩がないのは火を見るより明らかだ。それに父さんも言ってくれた「一緒にいるだけで楽しいと思えるようになる」という言葉も背中を押してくれている。それなら、俺も一歩踏み出したい。


「うん、まとまったよ。相談に乗ってくれてありがとう、父さん」


「そうか、なら良かった。そんじゃ、帰り道に弘貴が付き合う記念になんか旨いもん食いに行くか!」


「って!まだ付き合ってる訳じゃないからな!」


「ほぅ、”まだ”ねぇ。つまり、これから付き合うってことだよなぁ?」


「うぐっ」


「ははは!流石にまだまだ子供だな!いつか父さんの一枚上手を取れるようになれよ!」


そうやって快活に笑う父さんを見ていると、やれやれと思いつつもこっちまで楽しくなってきてしまう。



ちなみに帰り道にはちょっといいラーメン屋さんに行って、そこで一番いいメニューを注文させてもらった。もちろん、父さんの自腹で。

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