第14話 向けられる感情

「あ…っと、妹さん…だよね?お邪魔してます。弘貴くんのクラスメイトの、です」


「ええ、高梨美亜です。はじめましてですね、城戸先輩」


美亜の背後に、青白い炎が浮かび上がっている(ように見える)。その雰囲気に、城戸さんは若干気圧されたように、少し居心地悪そうにしている。そんな城戸さんを気にした様子もなく、美亜は俺に向かって話しかけてきた。


「兄さん、ようやく目覚めたんだね」


「あ、ああ。心配かけて悪かった。ついさっき目が覚めたところだ」


なんだか美亜の様子がおかしい気がしなくもないが、今は一旦美亜との話に集中しなければ。すると、城戸さんがおもむろに口を開いた。


「ええっと、兄妹で再会できたみたいだし、私みたいな部外者はここから出ておくね」


そう言って城戸さんは立ち上がって、足早に病室から出て行った。そんな城戸さんの姿を見て、なんとなくマズい雰囲気を感じ取ったのと、これから先どんなことが起きるか想像してしまいビビってしまった。そんな俺のことを気にしないといった風に美亜が


「意気地無しですね」


と言い放った。俺は意味がわからなくてキョトンとしていたが、深く考える余地は無いかのように美亜が俺の元に近づいてきて話し始めた。


「兄さん、城戸先輩とは一体どういう関係なの?以前話した時には、仲直りしたとまでしか聞いていないんだけど?」


その姿には、隠しきれない凄みが溢れ出ている。本能が警鐘を鳴らしている。返答を間違えたら、色々な意味で殺されると。


「ちょっと落ち着いてくれ美亜。前話した通り美亜が思っているような関係にはなってない。ただ…」


「ただ?」


「ひぃ!」


ちょっと話が変わろうとした瞬間に、またしても美亜が詰め寄ってきた。マズいマズい。

今は真っ先に、この暴れ馬(?)をなんとかして落ち着かせないと。


「今日ついさっき目が覚めた後、告白されたんだ。でも、俺はなんというか好きっていう感情がまだ理解できていなくて、結論は出せないって保留したんだ!」


「…保留?なら、まだ付き合ってはいないんだよね?」


一瞬、美亜の感情が落ち着いた気がした。保留という言葉が結構効いたのだろう。うまくいけば、このまま落ち着いてくれるかもしれない。


「ああ、保留してるよ。ちゃんと結論は出すつもりだけど、今は何もしないから安心してよ」


「…そうなんだ」


(ああ、よかった。なんだか落ち着いてきているみたいだ)


美亜の雰囲気がようやく沈静化したと思い、俺はふぅっと胸を撫で下ろす。


…しかし、それは間違いだった。次の瞬間、また美亜の雰囲気が一変し、またしても一気に詰め寄って話しかけてきた。さっきとは別のベクトルで。


「ってことは、私にもまだチャンスがあるんだよね!♡」


「てちょぅわ!どうした!」


「だってまだ誰とも付き合っていないんだよね!昔からずっと好きだったし、血の繋がってない兄妹だからその先もいけるんだよ!♡」


美亜がブッ壊れた。目にはハートマークが浮かんでいるような状態で、まさしく恋は盲目という言葉を体現しているような状態だ。さっきまでのことで頭がパンクしそうだったのに、こんな状況じゃ頭が痛くなりそうだ。というか現在進行形で頭が情報を受け入れきれてない。


「兄さん!あんな女放っておいて私のことを好きになって!♡」


「ちょっ!美亜、落ち着けぇ!」


病室で五月蝿くしすぎて看護師さんに怒られてしまった。起き上がったことは素直に祝福してもらえたが。


…あと、ちゃんと(?)両親にも怒られました。病み上がりの人間にそこまで言いすぎないでほしい。一応今回の主犯は美亜なんだから。

***********************

ここから先は、もう怒涛の一週間だった。起き上がってから、リハビリのためもう一週間入院していたのだが、その間、家族、クラスメイト、担任など色々な人がお見舞いに来てくれたが、異常だったのは例の二人だ。


「髙梨くん!この前のこと忘れてないからね!ちゃんと結論出してよ!」


「兄さん!そろそろ覚悟を決めてください!早く私とあんなことやこんなことしよう!♡」


こんな調子で城戸さんも美亜も詰め寄ってくるから、病室内が騒がしいったらありゃしない。毎度のごとく注意を食らっている俺の気持ちにでもなってくれないか。


「ほんっとこのゴタゴタがもう少し続くとか辛いって」


「そんなこと言ったって、美女二人に言い寄られてるんだろ?人様にそんなもん見せつけてくんなよ殺されたいのか」


「凛斗お前その台詞そっくりそのまま返してやるよ。俺まだそこまでちゃんと分かってないなかこんな状況になってるのにそれを羨ましがるとかどんな強心臓だよ殺されたいのか」


普段は軽口を言い合える凛斗に対しても、今回は当たりを強くする。羨ましく思うのは自由かもしれないが、それを当事者の目の前で堂々と言うのもどうかしてるとしか思えないが。


「はいはい悪うござんした。んでもって話戻すけど、分からないってどゆこと?」


「なんだか反省する素振りが見えない気もするが…まあいいか。なんていうか、向けられた恋愛感情にどう応えればいいかが分からないんだよ」


正直、今一番気にしている課題だ。城戸さんと美亜からかなり強めな感情を向けられている今現在、流石に自覚はしているがそれでも対処法なんて分かりゃしない。


「なるほど…っていっても俺も分からないからなぁ」


「じゃあどうすればいいんだよ」


「誰かに聞いてみれば?親父さんとか」


「やだよ気になってる人がいるとか親に知られるの。恥ずかしいじゃんか」


俺だって普通の男子高校生だ。そのぐらい思ったって不思議じゃないはずだ。ただ、凛斗は何てこと無いというような感じで話し出した。


「直接言わなければいいんだよ。例えば『恋ってどういうものなのか』みたいな聞き方」


「それ、ほぼ答え合わせじゃないか?」


「いいんだってそれで。そっちの方が話に乗りやすそうだし」


ちゃんと向けられた思いには向き合いたいが、それを誰かに知られるのは恥ずかしい。でも、いずれか向き合わなければいけないときもあると思う。もしかしたら、今がちょうどそのときなんだろう。流石にこれ以上凛斗を話に巻き込むのは申し訳ない気もするし、俺も勇気を見せなければ。


「…ありがとう。ちゃんと、向き合うよ」


「そうか。まとまったんだな。なら、ここからは逃げんじゃねえよ」


「はっ、誰に言ってんだよ」


お互いに笑みを交わし、俺はようやく、意思を固めた。ここからが本当のスタートだ。

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