第11話 自責、不安、決意、嫉妬、堕落
兄さんが救急車で運ばれている間、同行している私は激しい自責の念に襲われていた。あの時兄さんは私の元に走ってきてこんな状況になっている。もし私が兄さんの横を歩いていれば…なんて事を思っても、現実は変わらないし、過去に戻ることもできない。
(私のことを守ってくれるのは嬉しいけど…自分の身を危険に晒さないでよ!)
そんな悶々とした気持ちを覚えながら、病院まで着くのを待った。
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「美亜っ!」
「お父さん!お母さん!」
私たちが病院に到着して少し経って、両親も病院に到着した。かなりバタバタ来たみたいで、本当に必要最低限の物しか持ってきてなかった。
「弘貴の今の状態はどうなってるんだ?」
「かなり怪我がひどくて、ちょっと前に緊急治療室に入っていったよ。命に別状はないみたいだけど…」
「そうか…。ひとまず、生きているだけで良かったよ。美亜、寄り添っててくれてありがとう」
待合室で待っていると、高梨様と呼ばれたので奥の部屋に向かった。お医者さんから、兄さんの状態について説明があった。
「弘貴さんの容態ですが、命に別状はありませんでした。ただ、意識不明の状態で、いつ目が覚めるかも分かりません」
良かった…。兄さんが生きているだけでまだ気持ちが落ち着いた。でも、暫くは目が覚めないみたいで、それを聞いただけでもなんだか胸が苦しくなった。
「…分かりました。では、入院の方の手続きをお願いしたいのですが、ここは家から離れていますので、家の近くの病院に入院させてもらうことはできませんか?」
お父さんは、冷静な判断でそういうふうにお医者さんと話していた。確かにここだと家から離れすぎていて、お見舞いなど対応がしづらい場面が出て来ると思う。私としてもできればそれでお願いしたいところではある。
「ええ、可能ですよ。この後受付の方で必要な書類を記入してください。今日は向こうの病院に搬送することは難しいですが、明日なら問題なく可能ですよ」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」
そう言って私たちは診療室を出て、受付で兄さんの入院手続きの書類、この病院から家に一番近い病院への輸送の書類など、何枚も書いた。全部を書き終わって待っていると、看護師さんから「お兄さんの状態を見に行かれますか?」と言われたので、病室に連れていってもらった。病室につくとそこには何本ものコードに繋がれてベットに横たわっている兄さんの姿があった。
「兄さん…!」
「…お兄さんがこのような姿になってしまったのは私達としても非常に心苦しいのですが、お兄さんが何も動かなかったら、もしかしたらあなたがこうなっていたかもしれません」
「っ!」
「…あまり悲しみすぎないであげてください。あなたが元気に過ごしていれば、お兄さんもあまり気に病まないと思います」
私のせいで兄さんが…なんて思っていたが、兄さんが動いてくれたから今の私がいる…と考えると、今まで胸につかえてた苦しい何かがストンと落ちていく感じがした。なら私は…。
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「えーこの前の週末、高梨くんが事故にあって入院しています。意識不明の状態なので、間違っても茶化すためにお見舞いに行くようなことをするのは辞めてくださいね」
週明けの学校、ホームルームで先生から告げられた言葉に私は絶句した。まさかそんなことに巻き込まれてしまうなんて思いもしなかった。
「高梨あいつ大丈夫なのか?」
「ニュースになってたのは見たけど車側が突っ込んで来たんだよね」
「とりあえず生きてはいるんだよね?なら良かったんだけど…」
ホームルーム後のクラスの話題は、ついさっきの話で持ちきりだった。彼の周りへの気遣いなどは、クラスのみんなが助かっており、みんな彼のことを心配しているようだ。とある3人組を除いて…。
私はまず、彼と一番仲が良い御影凛斗くんのところに行った。御影くんなら今回の高梨くんの件について何か知っているだろう。
「御影くん、さっきの先生の話のことでちょっと聞いてみてもいい?」
「ん、ああ、構わないよ。どうせ、弘貴のことが気になってるんだろうし」
「ふぇ!?」
「はは、揶揄っちゃってごめん。で、弘貴のことだよね。まず順序立てて説明するから…」
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そうして私は事故の事情を知った。妹さんと買い物に出掛けていて、その帰り道、歩道に突っ込んで来た車から妹さんを庇って自らが事故に遭った。お人好しなのはいいことなのかもしれないけど、あまりにも度が過ぎているとしか思えない。なんとか生きていてくれて良かったけど。
「んで?こんなことを聞いて来るってことは、何かあるのか?」
「ああ、そのことなんだけどね…。一緒にお見舞いに来てくれない?」
彼のことはまだはっきりと分かっていないが、やっぱり彼のことは心配だ。好意を抱いているなら尚更。
お見舞いに行くにしても、私1人だと恥ずかしいし、彼の親友であり同じクラスの御影くんと行くことで、同じクラスの友達というポジションで行くことができる。
「なるほどな…いいよ、付き合ってあげる」
「ありがとう。じゃあ今日の放課後に行けるかな?」
「多分大丈夫だと思う」
御影くんが一緒に行ってくれるようになった。目的は達成できたから、あとはちゃんと行くだけ。
そう思っていると、御影くんが私の耳元に顔を近付けて小さな声で話しかけてきた。
「(俺を誘ったのって、もし1人で行った時に弘貴の彼女扱いされそうって思ったからでしょ?)」
「ッ!」
「ははっ、ごめんごめん。やっぱりそうだったかー」
また揶揄ってきた。御影くんは優しい人ではあるんだけど、こういう風に揶揄ってくるのが、どこか反りが合わないな。でも、こんな風に私に詰め寄るようなことを一切しない人だから普通に話す分にはいいんだけど。
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病院について、受付で面会の手続きをする。本人が意識不明なので親族の許可制になるが、彼の親友である御影くんがいるからか、あっさり認めてもらえた。これも御影くんの人徳ゆえなのかな。看護師さんに案内されて、彼がいる病室に向かう。病室に入ると、彼のお母さんがいた。
「摩美さん、お久しぶりです。ヒロは大丈夫ですか?」
「あぁ凛斗くん久しぶりね。見ての通りだけど、なんとか生きてくれているわ。ところで、そちらのお嬢さんは?」
「あっ、はじめまして。弘貴くんのクラスメイトの、城戸穂乃花です。学級委員をしていて、弘貴くんが心配で御影くんと一緒に来させていただきました」
「そうなのね、私は高梨摩美よ。よろしくね、城戸さん」
摩美さんはそう言って頭を下げた。柔らかな雰囲気を纏う彼女だが、横にいる彼と見比べてみても見た目の雰囲気が似ていない。そういえば美亜さんは義理の妹って言ってたから、親が再婚したのかななんて思っていると、摩美さんは何か思い出したというようなふうに言った。
「あ、私も私でするべきことがあったわ。ここを出ちゃうけど、大丈夫よね?」
そんな言葉の意図を汲み取ったであろう御影くんが
「分かりました。ここは俺たちだけでも大丈夫なので、どうかそっちの方に行っててください。お見舞いが終わったら俺たちも帰りますので」
と言った。
「もしかしたら美亜も来るかもしれないから、その時もよろしくね」
摩美さんはそう告げて、病室から出ていった。そうして私たちは、彼のベッドに向き直る。
ベッドで寝たきりの彼は、全身を何本ものコードで繋がれていて、機械によって生きていることは証明されているが、もしかしたらいつの間にか死んでしまうのではないかという不安さを掻き立てている。
「…俺は帰るよ。そもそも城戸さんを送り届けたら帰るつもりだったし」
そう言って御影くんは病室を去ろうとする。その去り際、私の耳元で囁いた。
「(弘貴が起きていないのを良いことに…とは違うが、コイツに気持ちをちゃんと伝える練習しとけよ)」
「え、なんで?」
なんでバレてるんだろう、そう思っているとその答えはすぐに返ってきた。
「なんていうか分かりやすいんだよね、城戸さんって。この前2人で服買いに行く時に弘貴を誘ったときも、興奮を隠そうとしてたみたいだけど隠せてなかったからね」
全てバレていた。そうと分かった瞬間、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。そんな姿をみながらなのか御影くんは笑い、私に言い放った。
「どうせいつかちゃんと告白するんなら、恥ずかしがらずに伝えられるほうがいいだろ?ならこの場で本人が気づいていない間で練習しときなよ」
そう言った後に御影くんと向き合うと、彼は清々しい顔をしていた。私に対する激励なのだろう。
「…ありがとう。私も覚悟、決まったよ」
「ああ、引き止めて悪かった。決めたんなら、頑張れよ」
「ううん。こっちこそごめんね。利用するような形になっちゃって」
「いや、いいさ。それじゃ、また学校でな」
そういい、御影くんは病室を出て行った。今この場にいるのは私と弘貴くんの二人だけ。私は意を決して、眠ったままの彼の元へ近づき話しかけた。
「高梨くん、私は今までずっと臆病だった。そんな私を変えてくれたのは、高梨くん、キミなんだよ。私はキミのことが好き。キミが目覚めたら、ちゃんと告白するから、その時まで待ってるね」
そういい、私は彼の頬にキスをした。これは、私の決意表明だ。
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授業が終わって、すぐに兄さんの元に向かおうとしたのに、担任に面倒な仕事を押し付けられて遅くなってしまった。急いで病院に向かうと、病室には既に先客がいた。その様子を少し覗いた瞬間、私は息を呑んだ。そこには、兄さんにキスをする城戸穂乃花がいたからだ。
(なんで?来るなんて聞いてなかったのに?)
私の思考はグルグルと気持ち悪い状態になった。大好きな兄さんが別の誰かに取られてしまう。そう思うと吐きそうになる。
「っ!」
城戸穂乃花が病室から出て来る気配がして、私は咄嗟に隠れた。見えなくなったのを確認すると、私は兄さんの病室に入って行った。そして、私は胸の中で起きた感情についてようやく理解できた。
(ああ、この感情が、嫉妬っていうんだね)
兄さんを取られたくない。私が独占したい。そんな感情を実感した瞬間、私はゾクゾクした。兄さんのために全てを捧げたい。今や私はそんな感情に支配されている。
「兄さんは、私だけのものなんだからね〜♡。あんな女には、あげないよ♡」
そう言って、先程あの女がキスした場所を、私のキスで上書きした。
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