第10話 お買い物(弘貴視点)

今日は美亜との約束の日。緊張していたこともあって、昨晩はあまり眠れなかった。ひとまず、だらしない顔を見せないようにするために化粧水(城戸さんに教えてもらって買った)やベースメイククリーム(城戸さんに以下略)、コンシーラー(以下略)などを使い少なくとも綺麗に見えるようにして、今日のために準備してきた洋服に袖を通す。そしてヘアワックス(以下略)を使い髪をセットする。これも城戸さんにアドバイスをもらい、どういうヘアスタイルが似合うかを吟味してもらった。そしてそれを再現するように髪を触っていたが、どうやら上手くいったようだ。


(うわっ、服とかだけでこんなに変わるんだ)


置いてある姿見で全身を見てみると、自分が自分でないような感じがした。普段着ている服と特段かけ離れているわけではないが、組み合わせやメイクをちゃんとしているということも相まって、自分の姿ですら別人に見えてきた。


(これで美亜と歩くのか…釣り合うかな?)


正直不安だった。学年内でもあの注目度を誇る美亜だ。俺みたいな普通の見た目の奴が隣で歩いていたら『うっわ何あいつ、あんな美人の隣歩いてるのにダッサ』とか言われないかと思うと、胃が痛くなる。だが一緒に買い物に行くと決めたのは俺だ。ここはもうちゃんと腹を括って一緒に行くしかない。


部屋から出てリビングに向かうと、既に美亜はそこにいた。淡い水色のブラウスにセミロング丈のネイビーのスカート、ポニーテールにまとめた黒髪が、いつもとはまた違う清楚さを醸し出している。さらにはメイクもバッチリしていて、ますます綺麗さに磨きがかかっている。見ていてつくづく感じる、やっぱり場違いじゃないかと。


「おはよう美亜」


意を決して俺から声をかける。大丈夫かな?声震えてない?


「お、おはよう兄さん」


美亜からも挨拶が返ってくる。なんだかんだ言って、美亜も緊張しているみたいだ。そんな中、美亜の方からこんな言葉が投げかけられた。


「兄さん、凄く似合ってるね」


褒めてもらえた。ということは、多分美亜と歩いていても問題ないぐらいなんだろう。ひとまず嬉しいのと、お返しのつもりで、俺も美亜に一言言っておこう。


「美亜もすごく可愛いよ。よかった、ちゃんと似合ってるって言ってもらえて」


因みに嘘偽り無い本心である。今日の美亜は一段と可愛い。そして不安だった服装や顔など、色々含めて似合ってるって言ってもらえたことが何より嬉しかった。ただ、その言葉を言った瞬間、美亜の顔が真っ赤に染まった。

なんだか言っちゃいけないことを言ってしまったのかと思って俺は不安になってしまった。


「…?顔赤いけど大丈夫か?」


「だ、大丈夫。早く行こ」


大丈夫だったのならまあ良いか。美亜の言う通り、あまり時間を無駄にしたくないからそろそろ出発するか。移動にもそこそこ時間がかかるわけだし。


「うん。それじゃあ2人とも、行ってくるね」


「おう、行ってらっしゃい」


「楽しんできてね~」


2人に見送られて家を出て、美亜と横に並んで駅まで歩く。駅まで歩いていると何人かとすれ違った。その時に


「あの二人、すごい美男美女さんね~」


「付き合ってるのかな?」


「ワンチャン告白したら行けないかな?」


なんて話し声が聞こえてきた。美男美女とか言われるのはむず痒いが、なんだか悪い気がしない。流石に付き合ってるとかは無いし、告白したら行けないかななんて聞こえて来るのはおそらく美亜に向けてだろう。女性の声も聞こえたのが若干気がかりだが。


1時間ほどかけてアウトレットモールに到着して、いろんな店舗を回って気になった服を美亜が試着するという流れだ。


「じゃあ、試着してくるから待っててね」


「はいよ」


そういって美亜は試着室の中に入っていく。かなり多めに持って入っていったので、全部見るのにそこそこ時間がかかりそうだ。待っている間に近くを眺めていると、気になるものを見つけた。


美亜にプレゼントをするという約束をしていたので何を渡そうかと思っていたが、これならスムーズに行きそうだ。


因みに何かというとブローチと髪飾りだ。美亜が着ている洋服のサイズが分からないので洋服を選んでサイズ間違いがあったらもとも子もない。だけどそれ以外のものを渡すにしても何にすればいいか検討もつかなかった。だが、これを見かけた瞬間、選択をミスする可能性もなく、渡すのにもちょうどいいものだと思った。美亜が出て来る前に急いで会計を済ませて試着室前に戻る。これで何か探していると勘付かれることはないはずだ。


程なくして美亜も試着室から出てきた。気に入った服も見つかって満足した様子。気に入った服を購入して店を出た。その後はご飯を食べて、他愛も無い話をしながら歩いていた。歩いている最中に、美亜が俺に話しかけてきた。


「今日は付き合ってくれてありがとね兄さん」


感謝の言葉を貰えただけで、なんだか嬉しかった。それと、多分渡すなら今が良いだろう。いやむしろ、このタイミングを逃したらいつ渡せば良いかわからない。


「美亜が楽しそうだったからそれは良かったよ。あ、今のうちにこれは渡しておこうかな」


そう言って、先ほど購入したブローチと髪飾りを手渡した。もちろんラッピングはしてもらっている。流石に剥き出しのまま渡すのはマナーがなってないからな。


「はいこれ。洋服とか渡すにしてもサイズとか合わなかったらあれだし、その人の好みとか分かってないとって思っちゃったから、小物系だけど」


ちょっと私情を挟みすぎたと思ったがブローチと髪飾りを選んだ経緯を説明した後、美亜がとても嬉しそうにして


「わぁ!ありがとう兄さん!」


と言ってくれた。喜んでもらえたのを間近で見ていると、こっちまで嬉しくなってきた。

***********************

時間もいい頃合いになってきたので、そろそろ帰ることにした。ウキウキしながら歩いている美亜を、見守るように後ろからついて歩いていく。今日はなんだかんだいいことがあったな。


そんなことを考えながら周りを眺めていると、1台の車がなんだか変な動きをしていた。


なんだか車線からズレてこっちに正面が向いてる、向いて…


(マズイ!このままじゃ美亜に突っ込む!)


危険を感じた俺は、後先考えずに走って


「危ない!」


そう言って美亜を突き飛ばした。ごめん、今はこうするしか出来なかったんだ。直後、やはりというべきか車がこっちに突っ込んできて、俺が………。

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