【解説】ずっと一緒だよ

 ストーカー被害女性の供述と、被疑者である角川に関する情報がまとめられた書類を読んで、何の違和感も持たなかった方は……まず居ないだろう。

 何故なら、この掌編集が「意味怖」であることを謳っているからだ。


〝被疑者は同社の営業部に所属する角川で、書類送検済み。〟


 捜査記録に書かれていたこの一文では、角川が書類送検されたことのみが書かれており、彼が任意同行、事情聴取、または逮捕されたことなどには触れられていない。


 つまり、彼が発見時点で既に死亡していた可能性を示唆している。


〝発見当時、角川は社内におり、スーツ姿のままだった。〟


 彼女は供述において、倉庫は『社屋』と離れていると言っていたが、倉庫自体は会社の敷地であるため社内ではある。つまり角川が冷凍倉庫の中で発見されていた可能性は捨てきれない。


 つまり、ストーカー加害者である角川は被害者である主人公に社内でもつきまとった結果、不幸にも閉じ込められてしまい亡くなってしまった……。


――と、いうのがである。


 さて、被害者の証言や角川に関する情報で違和感を覚える点は無かっただろうか?


 まず、一番目立つ点はここだと言っても過言ではないだろう。


〝(略)――普段は全然接点も無かったんですけど、うちはそんなに大きな会社でもないので、名前だけは一応、覚えていました。――角川さんには奥さんと子どもが居るはずなのに――(略)〟


 彼女は角川と接点が無い。部署も違う。名前だけは一応覚えている間柄。

 でも、家族構成は把握していた。


 ここから、彼女と角川は何らかの関係があったのではないか、と考えながら最初から読んでいくと、別の見え方が出てくる。


『愛してる。ずっと一緒だよ』


 と書かれたメッセージカード。捜査記録ではクリスマスカードであることが明記されている。事故は十一月初旬に発生しているため、まだそんな季節ではない。


――これは、に、直接、受け取っていたものでは無いのだろうか?


 そうであれば、彼女と角川は、昨年の十二月、つまり一年近く前から何らかの関係にあったと推測ができる。もちろん、それよりも前から関係があったと考えることも充分にありえるわけだ。


 わざわざそれを自宅ポストに入っていたと言い、警察に被害届を出したのは何故か。それは先程述べた通り、これが計画的な殺人ではなく、ストーカーが勝手に自爆してしまった不幸な事故であると印象付けるためだ。


〝十月中旬、被害者から相談を受けていた職員の処分については現在検討中。〟


 その為に十月中旬から彼女は警察にストーカー被害を訴えていた。


 ここで一つの疑問が浮上する。彼女がどのようにして角川を倉庫へ呼び、閉じ込めたかだ。

 ここまでの推測でいけば、角川が彼女と何らかの深い関係――不倫の可能性も――にあるとして、そうであれば倉庫に侵入した結果閉じ込められたという線が消えてしまう。


 ここで、捜査記録をもう一度確認しよう。


〝角川のスマートフォンは彼のデスク引き出し内から電池切れの状態で発見された。〟

〝直近でアクセスされた履歴は全て消去されており、動機については不明な点が多い。〟


 彼の遺体が倉庫にあったとすれば、スマートフォンがデスクにあるのは多少、不自然ではある。しかも電池切れの状態で。


 何故、そうなったのだろうか。被害者の供述内容を確認する。


〝スマホも持ち込むと故障しちゃうくらい寒いですから。〟


 冷凍倉庫の低温による故障を防ぐため、スマートフォンを持ち込まないことは従業員間で共通認識だったと考えられる。


 そのことから、角川のスマートフォンがデスクにあった理由がいくつか考えられる。


① そもそもスマートフォンを倉庫へ持っていかなかった。


② 二人で在庫差異チェック作業をしていたため、倉庫外にいる監視役が作業役のスマートフォンを預かっていた。


 といったところだろうか。 


 ここで、角川のスマートフォンの直近の履歴が消去されていたことを思い出して頂きたい。①の場合でも②の場合でも、角川本人が不倫の証拠を隠すために常に消去するようにしていた可能性も考えられるが、角川との繋がりを知られると一番まずいのは主人公であるのは言うまでもない。


 ここで一つの推測が成り立つ。


 彼女が作業を交代するように促し、上着を貸さないままスマートフォンを回収した直後に扉を閉めて施錠。そして、彼のスマートフォンから自分との連絡履歴や連絡先の登録データを消去し、デスクに戻したのではないか。


 この行動により、主人公自身との関係を隠し、角川が一方的に彼女につきまとった末の「不幸な事故」と見せかけることが可能になる。


 そして残る疑問は、マンション入り口の防犯カメラに映っていた角川だ。彼は主人公の部屋番号の集合ポストを確認していた。


 これはもちろん、角川が逢引をしに彼女の部屋を訪れていただけだ。そして郵便物を確認していたのは、主人公が「逢引する前にポストを確認しておいて」とでも頼んでいたのだろう。


 そうすれば彼がポストを物色しているストーカーのように見えるから……。

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