丁字路の祠

 書読かくよむ県・角川かどかわ市にある地区の住宅街に、大通りと大通りを結ぶ道につながった丁字路がある。この丁字路では事故が多発しており、自治会は早く信号機を設置してもらえるよう、市に何度も申し立てをしていた。


 丁字路には信号こそないもののカーブミラーが設置されてる。


 そのカーブミラーを設置する際、古い水子みずこ地蔵が入った小さな祠を取り壊していた。適切な位置にミラーを置くためには柱が必要だったのだ。


 水子地蔵と祠は、この地域に住宅地が整備されるよりも、遥か昔に建てられていたものであり、『取り壊したりしようとすると祟られてしまう』と言われ、長らくその場にあったものだと年長者は語っている。


 カーブミラー設置の際、『なんとか取り壊さずにミラーの柱を設置できないものか』という意見が自治会ではちらほらと出ていた。

 しかし『〝住民の安全〟と〝誰の所有物かも分からない地蔵にまつわる迷信めいた話〟は衡量こうりょうするまでもない。一刻も早くミラーを設置するべき』という意見に落ち着いたのである。


 だが、カーブミラーを設置しても事故が起きてしまった。


 自治会にて、特に信号機設置の申し立てを推し進めているのはA宅に住む夫妻である。


 このA宅は問題の丁字路に死角を作る形で建てられていて、夫妻は、まだ幼い息子を交通事故で亡くしていた。ちょうど、カーブミラーが設置された頃のことだ。

 それ以来、A夫妻は仕事が休みの日や夜勤前の日中も眠る時間を削り、署名運動などを積極的にするようになった。


 A宅と向かいのB宅の裏側には、それぞれ町工場と小さなスーパーの駐車場があり、丁字路の直進側にある程度の加速距離を作っている。

 それが、AB両宅に挟まれた細い道を見落とす原因になっていた。


 AB両宅は、A息子の事故後、生け垣を短く刈り込むなど死角を減らす工夫をしていたのだが、それでも事故は減らなかった。

 およそ三ヶ月に一度、この丁字路では幼い子供の飛び出しによる死亡事故が発生している。


 地域住民たちが交代交代で、夕方に丁字路を監視し、子どもたちに声掛けを行っているのだが、それでも住民のいない時間にとおった子どもや、目を離した一瞬の隙に飛び出す子どもを制御するのは困難だった。


 祟りを信じる年長者たちの一部は、祠の取り壊しの際、地区公民館の倉庫へ移動させられた地蔵に、供え物などをするようになったが、やはり効果は無かった。


 最後におきた事故はおよそ六ヶ月前。事故に遭った少年は辛うじて一命を取り留めたものの、いまだに意識はなく角川市立病院で治療を受けている。


 少年が事故に遭ったとき、丁字路の声掛け当番はA妻であった。

 少年の事故後、彼と亡くなった息子を重ねてしまい責任を感じたのか、A妻はふさぎ込むようになり、三ヶ月前、仕事中に体調を崩して倒れてしまい、彼女も角川市立病院へ入院をすることに。


 A妻は睡眠不足による過労だったため直ぐに回復し一週間で退院したのだが、一方の少年は結局、治療の甲斐もむなしく息を引き取った。


 少年の訃報を知ったA妻が、また倒れてしまうのではないかと心配する声が地区内ではあがっていたのだが、そのA宅である日の深夜、事件が起きる。


 A夫は、その日、A妻と大喧嘩をして彼女を刺殺。そして自らの命も絶った。――無理心中であった。


 向かいに住むB氏いわく、鮮明に聞こえる大声で目が覚めたのだが、大声はその一回きりであった為、時間も時間だからと様子を見に行くことも無く、そのまま眠りについたそう。

 翌朝になってA夫妻が自宅で亡くなっていることを知ったとき、B氏はあの時に声を掛けていればと非常に悔やんでいた。


 事件後、地区では『やはり祠の祟りは実在していた』という声が強く挙がるようになった。B氏もそれを信じるようになり、B宅の生け垣を一部崩し、新しく祠を建て、公民館に保管されている水子地蔵を祀ることにした。


 工事は地区住民たちが手伝ったことで随分と早く終わり、今でもこのB宅の生け垣であったスペースに建てられた祠には毎日、たくさんの供え物がされている。


 それ以来、丁字路では事故が起きていない。

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