6ー② 星の夜にとける
闇に溶け込む紺の衣服に身を包んだルーカスは、フリージアと目が合うと微笑み、窓と同じ高さまでやってくると、フリージアの目の前に
「どうして……」
溢れる恋しさと愛しさ、そして寂しさがフリージアの体を
「土で足場を出せるというのはご存じでしょう。でもさすがにこの高さを上るのは大変でしたが……」
ルーカスのはにかむような笑顔が、心に突き刺さってくる。
「よくこの部屋がわかりましたね」
「相変わらず、私は姫様の魔法の
本当は見つけて欲しいという思惑もあって、
「ですが、誰かに見つかるといけないので、あまり長くここに留まることはできそうにありません」
「それで、伯爵家の皆様は? ロミ先輩も」
処刑会場からそのままこの宮殿に来てしまったので、その後のことを知らない。
「本当にありがとうございました。私の家族は無事です。今は身を隠しています。そして、ロミ様も今は男爵邸で休まれています」
「よかった……」
「姫様は大丈夫ですか? エリー様が大変心配しておられました」
エリーはいくら殺されることはないと知っても、生きた心地がしないほどに心配していることだろう。一方のサイラスはフリージアの行動に考えなしにと憤慨しているところが目に浮かぶ。
心配させるような行動ばかりなことは申し訳なく思っている。
「私は大丈夫だからと伝えて。それで、お兄様は戻りましたか?」
「いえ、実はまだ。しかし連絡を取ることができまして、姫様が宮殿にいることを話しました。必ず明日の夕刻には戻るとおっしゃっていました」
「そう。よかった。そうだ、夕刻十八時、この時間に皇帝は夕食をするのですが、私も必ず毎夜共にしているのです。明日もきっと同じですから、その時間こそ最大のチャンスです」
「わかりました。明日、必ずその時間に。そうだ、姫様、これをお渡ししに来たのです」
ルーカスはジャケットの内ポケットからハンカチに包んだ月の髪飾りを取り出した。黄色と紺の宝石をあしらったそれはフリージアの宝物だ。
「髪飾りの裏に炎の
ルーカスが格子の隙間から差し出した髪飾りを受け取ると、金細工に紺と黄の宝石は夜の星に反射して輝いて見えた。
「あの、勝手に細工をしてしまって、まずかったでしょうか?」
「え?」
「悲しそうな顔をされたので」
「違うのです、いろいろなことを思い出してしまって。これは宝物ですから。ですが決して悲しいことではありません」
いったいどんな顔をしていたのかはわからないが、浮かぶのは月の国で過ごした日々だ。お父様の顔、笑顔そして固い手。お父様が今のフリージアを見たらなんというだろうか? 果たして褒めてもらえるのだろうか。
「枷を外しますね。
ルーカスは火魔法で枷の金属の一部を溶かして外した。
「そうだ、皇帝は私の血を吸うことで贄の代わりになると言っていたの。毎日血をもらうって言っていたわ。その瞬間が一番皇帝に近づける。その時にこの髪飾りを使って『鍵』を奪うわ」
首に皇帝の唇が触れた瞬間は、皇帝に最も近づいているし、皇帝も胸元から視線を外している。またとないチャンスである。
ルーカスは何も言葉を発せずに、顔を歪めた。
「あの、ルーカス様? どうかしましたか?」
「血を吸う……」
ルーカスが首元を見つめているのがわかったので、慌てて髪で傷を隠す。なにかまずいことをいっただろうか。ルーカスは鉄格子に手を入れると、フリージアの髪を肩の後ろへと戻し、首の傷に触れた。
「っつ――」
「これがその傷ですか?」
ルーカスの真顔が怖かった。
「あの、全然大丈夫ですから、それにこれで贄の犠牲者を出さなくてもいいと……」
「それは良いことですが、ですが……」
「明日、血を吸うために近づいた皇帝の『鍵』を奪った瞬間、それが合図です」
「それもわかりましたが……」
ルーカスの顔はさらに歪む。
「あなたに触れているのも腹立たしいのに、さらに傷をつけて、それが許せない」
ルーカスは傷のすぐ横を触れていた手を肩までおろした。そしてフリージアを格子側へと引き寄せた。フリージアは少し驚いたが、手の促す方へと従った。ルーカスの瞳を見つめると、
抱えていた感情が、想いが、とめどなく溢れてくる。この星夜の雰囲気がどうにも感傷的な気持ちにさせているのだ。
「あっ、あの、そうだ、サイラスは何か言っていました? あと……」
感情と本能に支配されてしまいそうで、雰囲気を変えようと言葉を
「ルーカス…さま?」
ルーカスの顔を見ると、星と光に照らされた優しい茶色の瞳と目が合った。逃げられないとも思ったし、そのまま吸い込まれたいとも思った。
ルーカスは肩に触れている手とは反対側の手でフリージアの頬に触れると、顔を近づけた。
「フリージア」
ルーカスは呟いたその声が耳に届くのが先だったのか、唇が触れるのが先だったのかはわからない。ただ確かに格子を挟んで二人の唇は触れあった。頬に当たる格子の冷たさとは反対に、触れた唇は暖かかった。
まるで時が止まっているかのように錯覚する。それでもフリージアの心臓は確かに強く振動していて、時は確実に流れているのだとも思う。
ほんとうはずっとこうしたかった。歯止めが効かなくなった想いに、それを強引にせき止めてくれる鉄格子の存在はありがたい。
このままこの青白い星の夜に閉じ込められてしまいたい――
フリージアは目を閉じて、口付けを深めると、全身でルーカスの暖かさを心に刻んだ。
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