月と太陽のアリア〜亡国の王女は敵国で恋を知る〜

くま木茉希

序章 王宮が燃えた夜

序章ー①

 

 ――あの夜、王宮は炎に包まれた



 大きな音が夢へと入り込んだ

 ぼんやりとした意識の中で、フリージアはゆっくりとまぶたを開く。


 窓横に置かれたソファに座ったまま、どうやら眠ってしまっていたようだ。部屋はどんよりとした夜の空気をまとっている。


 壁にかけられた時計に目をやると短針は丁度十一をさしている。


 あと一時間もすればフリージアは十八歳の誕生日を迎える。明日は王女であるフリージアの成人を祝うデビュタントの開催が予定されている。


 その時、ふと違和感を覚えた。


 夜の気配は間違いなくそこにあるのに、生ぬるい明るさがあるのだ。遠いところから絶えず地響きのような音も聞こえている。何かが爆発するような違和感でしかない音。


 何かがおかしい。


 そこにある明らかな非日常の何かに、寝ぼけて霞んでいた意識は、急速に鋭いものに変わる。


 異様な明るさを四隅から放つカーテンに恐る恐る手を伸ばし、窓の外を覗いた。


 いつもなら月の国の美しい街並みと民の生活の光が織りなす、荘厳な夜光の景色が広がる。しかし煌々こうこうと光る満月の下に広がるのは、夕焼けよりも鮮やかな赤のドロドロとした世界だった。



 王宮から見える街は



 フリージアは息をするもの忘れて、燃える街をただ見ていた。心臓の音は時計が刻む音より数倍の速度で現実を刻む。


 燃えていても、月の国は美しい――そんな不謹慎なことが頭をよぎったのは、あまりに受け入れ難い現実を目にしているからだろうか。


「姫様っ」


 ドアの開閉音と共に、侍女エリーの声が耳に届いた。その声は今まで聞いたことがないほどに焦りと恐怖が入り混じっている。侍女服ではなく私服姿で、いつもはきちんと束ねている栗色の髪も、乱れていることから、かなり慌ててここへ来たことが伺える。


「姫様、広間へ」


 エリーはそう声をかけると、心と思考が分離しているフリージアに近づき、体を押して移動を促した。


「いったい何が起こっているの?」


 尋ねた声は確かに届いたはずだが、返ってくる言葉はなかった。

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