第8話
残された時間、アイツは150年の奇跡の計画を立て続けた。
撮影場所を現場も見ずに、ここだと指定した。
いま俺は、その場所に立っている。
「前島さん、もうそろそろ昇ってきますね」
助手が腕時計を確認しながら言った。
漆黒の闇が太陽によってオレンジ色へと彩られていく。
それはまるで、過ぎ去った白黒の時間から、
カメラのチェックを何度もする。
風景写真は自然が相手だ。
予期せぬことが起きるのは当然。
準備万端でも何が起きるか分からない。
病院でアイツが言ったことを思い出す。
『かっちゃん、一瞬だからね。だから絶対にシャッターチャンスをモノにしてくれよ』
気分がいい時、アイツはベッドに起き上がって、パソコンと睨めっこしていた。
太陽が完全に昇って少しすると、ある変化が見られると。
それは、この場所からしか見られないと、真剣な眼差しで言っていた。
どうしてアイツはそんなことを断言したのだろう。
見たこともないくせに。
「前島さん、太陽出てきました!」
太陽の薄い光が地平線へ触れる。
地球がまわり、光が増え続ける。
試し撮りも含め、何度かシャッターを切る。
太陽の光が増すごとに、露出を変えていった。
広角、望遠がセットされた複数のカメラで撮っていく。
通常の彩雲は、太陽の近くにある雲が虹色になる現象のこと。
雲の中にある水分に太陽の光が反射することで虹が発生する。
しかし今回は特別だ。
150年の奇跡。
奇跡は起きるのか? それとも?
邪念を振り払うように、頭を振った。
余計なことは、考えるな。
どこからともなく雲が太陽を覆い隠す。
その分量は多くても少なくても駄目だ。
この場にいる俺たちも、他の場所で見ている奴らも、空一面の彩雲を待っている。
太陽が半分、地平線から出てきたときに奇跡は起こった。
空と地上が一体になり、光が溢れていく。
他の場所いる大勢の人の歓声が聞こえた気がした。
アイツの言葉が頭に蘇る。
『空と地上が一体になって、彩雲が広がっても、まだ終わりじゃないからね』
太陽が完全に昇りきった。
気のせいか、冷たい風が辺りを包み込む。
それと同時に、バサバサと音が聞こえてきた。
「これなのか?」
心臓の音がうるさい。
ドキドキして、指が震えそうになる。
カメラを三脚で固定しているとはいえ、震えてた手でシャッターを切れば、ピンボケになる。
夏だというのに、とても風が冷たい。
手が震えそうになる。
空と地上が一体となり、全体が虹のように輝いている。
そして彩雲の中を、大量の鳥が飛び立った。
ほんの一瞬。
アイツが言った通り、一瞬の出来事だった。
ファインダーから目を離さず、連写でシャッターを切っていく。
涙が出そうになるのを我慢し、シャッターを切り続ける。
「見てるか? お前の言った通りになったぞ」
150年の奇跡は、たったの5分程度で終わった。
次の奇跡は150年後。
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