第7話

 一緒に住むようになって、俺は朝飯を食うようになった。


 毎日、美味そうな朝食がテーブルに並ぶ。

 もちろん欠かさず珈琲は淹れてあった。

 俺好みの味。


 朝の会話は、いつもニュースの話題から始まった。


「ねぇ、かっちゃん。150年の奇跡って知ってる?」

「ああ、今朝の新聞で読んだ。あれだろ……」

「彩雲!」


 琥珀の瞳がキラキラと輝いている。

 高校の時に見た、俺の好きなアイツの笑顔。


 彩雲を見ると運気が上昇し、願い事が叶うという。

 それが空一面に見える時が、150年振りに訪れると新聞に書いてあった。


「一緒に見に行かない?」

「は?」

「かっちゃんって風景写真家になりたいんだろ? いいチャンスだって、俺思うなぁ」


 プロになったとはいえ、自分の好きなジャンルで飯が食えるようになるとは限らない。

 俺はもっぱら、ファッションや物撮ぶつどりの商業カメラマン。


「空一面の彩雲。綺麗だろうなぁ」


 熱のこもった琥珀の瞳で新聞記事を眺めるアイツ。

 俺はこの瞳に弱い。


 公的な伴侶となって数ヶ月。

 世間でいう新婚旅行に、俺たちは行っていない。


 これもいい機会かと思った。


「……分かった。行くか」 

「ほんと? やったー。じゃ、一緒に計画しよう!」


 150年の奇跡まで1年近くある。

 その間に仕事を上手く運んでおけば、2週間くらいは余裕で休めるだろう。


 アイツの仕事も最近は順調だ。


 もともと絵の才能があったから、一緒に住み始めてすぐにプロの画家へ転身した。

 悔しいが、いまの稼ぎは俺よりいい。


 アイツの絵は心象風景とでもいうのだろうか。

 自然をテーマにした作品が多く、固定ファンもいる。


 最初はSNSを使って、作品を紹介していた。

 いまはギャラリーでの個展もやっている。


 順風に見えた俺たちの生活。

 それに影が差すようになるだなんて、誰が想像しようか。


 なんでも忘れたことにやってくるという。

 アイツが幼いときに完治した病が、再びアイツの体を蝕んでいった。


 最初は異変だと思わなかった。

 頭痛や咳は、ほとんどの人だって罹る時があるからだ。


 しかし個展中に倒れたとスマホに連絡が来た。

 仕事を助手に任せ、俺は病院へと急いだ。


 そして医者から言われたのはーー


              ーー余命3ヶ月



 150年の奇跡までまだ半年以上ある。


 病室のベットに横たわるアイツの寝顔は苦しそうで、見ているのが辛かった。

 意識が戻ったら連絡するということで、一旦家へと帰った。


 玄関を開けて家へ入るなり、俺は泣いた。

 声を出して泣いた。

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