第24話「魔法と心の研修」

春のさわやかな風が吹く朝、支店となる古い図書館の建物に、新しいスタッフたちが集まっていた。改装工事はまだ始まっていないが、今日から研修が始まる。


「おはようございます!」

最初に到着したのは高田だった。パティシエ学校を出たばかりの彼は、朝一番の電車で駆けつけたという。その後、次々と他のメンバーも集まってくる。


篠原は黒縁メガネの奥の瞳を輝かせながら、建物を見上げていた。

「やっぱり図書館の雰囲気が残っているわね」


月城は静かに建物を観察している。彼女の周りでは、見えない魔法の気配が微かに揺れていた。三村は経験豊かな目で空間を確認し、時折メモを取っている。山崎は少し緊張した様子で、古い友人のコウタの傍にいた。


「では、みなさん。研修を始めましょう」

アリアが全員を内部へと案内する。建物の中は、朝日が大きな窓から差し込み、埃っぽい空気の中にも何か期待に満ちた雰囲気が漂っていた。


「まずは、私たちの魔法料理の基本をお見せしたいと思います」

簡易的なキッチンが設置された一角で、リリーが魔法の杖を取り出す。エリオが材料を準備し、ノアが説明を始める。


「私たちの料理の特徴は、人々の心に寄り添うこと。単に美味しいだけでなく、食べる人の大切な思い出や感情に触れる...それが『夢見のカフェ』の魔法料理なんです」


リリーが魔法をかけると、準備された材料が柔らかな光を放ち始める。新しいスタッフたちは、息を呑んで見つめている。


「月城さん、あなたの魔法も特別な力を持っていましたよね」

リリーが話しかける。

「良ければ、一緒に試してみませんか?」


月城は少し躊躇したが、ゆっくりと前に出る。彼女が材料に触れると、不思議な現象が起きた。リリーの魔法と月城の力が混ざり合い、材料の上に物語のような情景が浮かび上がったのだ。


「これは...!」

篠原が感嘆の声を上げる。

「まるで本の挿絵が立体になったみたい」


「面白い」

ノアが近づいて観察する。

「この力は、支店のオリジナルメニューに活かせそうですね」


研修は基礎から丁寧に進められた。まず、通常の料理の基本技術の確認。エリオが中心となって、生地の作り方や火加減の調整を教えていく。


「高田くん、その生地をもう少し優しく扱ってみて」

エリオが指導する。

「魔法料理は、作り手の心の状態にも敏感なんです」


三村は長年の経験を活かし、効率的な動きで作業をこなしていく。時折、若いスタッフたちにアドバイスを送る姿は、既にベテランの風格があった。


午後からは、いよいよ魔法の実践練習が始まった。リリーが中心となって、基礎的な魔法の使い方を説明していく。


「魔法は、難しく考えすぎないことが大切です」

リリーが優しく語りかける。

「まずは、自分の中にある温かい気持ちを、そっと料理に注ぎ込むように...」


山崎が恐る恐る魔法を試みる。中途半端だと自身で言っていた彼の魔法だが、料理に触れると不思議な反応を示した。完璧な輝きではないものの、どこか人間味のある温かな光を放ったのだ。


「これでいいんです」

リリーが嬉しそうに頷く。

「完璧な魔法より、心のこもった不完璧な魔法の方が、時には人の心に響くものです」


一方、月城の特殊な魔法は、より深い可能性を見せ始めていた。彼女が触れる料理には、まるで物語の一場面のような光景が映し出される。


「これを活かして、『物語のデザート』なんてどうでしょう」

篠原が提案する。

「お気に入りの本の場面を、デザートで表現するような...」


その言葉に、全員の目が輝いた。支店ならではの新しいメニューの可能性が見えてきたのだ。


「私たちの店独自の魔法が生まれそうですね」

コウタも期待を込めて言う。


しかし、研修中に予想外の出来事も起きた。高田の緊張からか、魔法をかけた生地が突然膨らみすぎてしまったのだ。


「あ、あの、すみません!」

パニックになる高田。しかし、三村が落ち着いた様子で対応する。


「大丈夫よ。失敗も大切な経験。むしろ、こういう予想外の反応から、新しいアイデアが生まれることもあるわ」


その言葉通り、膨らみすぎた生地は、意外にも面白い食感を生み出していた。


「これ、子供向けのメニューに使えるかもしれません」

エリオが真剣に検討を始める。


夕方近く、全員で試作品の試食会を行った。それぞれが自分なりの工夫を凝らした魔法料理を作り、感想を共有する。


「篠原さんの作ったクッキーは、本を読んでいる時の心地よさが伝わってきますね」

「月城さんのプリンには、まるで童話の世界が閉じ込められているみたい」

「三村さんのケーキは、さすがの安定感」


アリアは新しいスタッフたちの成長を見守りながら、確かな手応えを感じていた。それぞれが持つ個性が、徐々にチームとしての形を作り始めている。


「明日からは、本格的なメニュー開発に入りましょう」

アリアが提案する。

「支店ならではの、本と魔法が織りなす料理を」


帰り際、月城が小さな声で言った。

「私、初めて自分の魔法に自信が持てた気がします。ここなら、この不思議な力も活かせるかもしれない...」


「もちろんよ」

アリアが優しく答える。

「あなたの魔法は、きっと多くの人に特別な体験を届けてくれるはず」


夕暮れ時の建物に、最後の陽が差し込んでいた。古い図書館は、確実に新しい物語の舞台へと変わり始めていた。明日からは、さらに具体的なメニュー開発と、本格的な改装の準備が始まる。


窓際で、リリーが感慨深げに言った。

「不思議ですね。みんなの魔法が混ざり合って、新しい可能性を見せてくれる」


「そうね」

アリアも頷く。

「これが私たちの目指す、支店の形なのかもしれない」


春の夕暮れが、新しいチームの船出を優しく包み込んでいた。


(次回に続く)​​​​​​​​​​​​​​​​

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