第23話「新しい仲間との出会い」
春の陽気が日増しに強まる中、「夢見のカフェ」では支店開設に向けた準備が着々と進められていた。この日は、新しいスタッフの面接日。早朝から、アリアたちは緊張感を持って準備を整えていた。
「面接会場は、二階の個室でいいかしら」
アリアが窓を開けながら言う。春の風が、新鮮な空気と共に花の香りを運んでくる。
「はい、ちょうど良い広さだと思います」
エリオが椅子を丁寧に並べながら答えた。
「応募書類によると、今日は10名の方が...」
リリーは自分の魔法の杖を見つめながら、少し不安そうな表情を浮かべている。
「私、ちゃんと教えられるかな...」
「大丈夫よ」
アリアがリリーの肩に手を置く。
「あなたの魔法は、きっと誰かの可能性を開いてくれるはず」
ノアは応募書類に目を通しながら、メモを取っていた。
「面白いね。色んなバックグラウンドの人が応募してくれている」
確かに、応募者の経歴は実に様々だった。菓子職人の修行経験者、図書館でのアルバイト経験者、そして魔法を学び始めたばかりの若者たち。
「まずは、全員にフォンダンを試食してもらおうと思うの」
アリアが提案する。
「その反応を見るのが、一番の判断材料になるかもしれない」
時計が9時を指す頃、最初の応募者が到着した。20代後半くらいの女性で、黒縁の眼鏡をかけ、落ち着いた様子で現れた。
「初めまして。私、篠原と申します」
彼女は丁寧にお辞儀をする。元図書館司書とのことで、どこか本に囲まれた場所にいそうな雰囲気を漂わせていた。
「こちらへどうぞ」
アリアが二階へと案内する。リリーが既にフォンダンを用意しており、魔法をかける準備を整えていた。
「まずは、こちらを召し上がっていただけますか?」
フォンダンが運ばれ、リリーの魔法がかけられる。すると、デザートは深い紫色の光を放ち始めた。
「まあ...」
篠原さんが息を呑む。スプーンを入れると、とろりとマーマレードが流れ出す。一口食べた瞬間、彼女の目に涙が光った。
「懐かしい...図書館で過ごした日々を思い出します。本の匂いや、ページをめくる音、子供たちの笑顔...」
面接は和やかな雰囲気で進んでいく。篠原さんは、本と料理への深い愛情を語った。支店が本の要素を取り入れるという構想を聞き、目を輝かせる。
「本と魔法のデザート...素敵な組み合わせだと思います。私も、その物語の一部になれたら...」
次に現れたのは、20代前半の男性。パティシエの学校を卒業したばかりという、フレッシュな印象の青年だった。
「高田と申します!」
颯爽とした態度で挨拶する彼は、どこか初々しさを残しながらも、目が真剣な光を宿していた。
「実は、『夢見のカフェ』のフォンダンを一度食べさせていただいて...その時から、ここで働きたいと思っていたんです」
フォンダンが運ばれると、今度は明るい黄色の光を放った。その色は、まるで朝日のように希望に満ちていた。
「この味...」
高田が感動したように呟く。
「学校で初めてケーキを作った時の気持ちを思い出します。あの時の喜びと、もっと上手くなりたいという気持ち...」
彼の素直な反応に、アリアたちは好印象を抱く。技術は未熟かもしれないが、その分の伸び代を感じさせた。
午前中だけで5名の面接を終え、一旦昼休憩を取ることにした。
エリオがみんなにお茶を入れながら、これまでの応募者について話し合う。
「篠原さんは、本当に図書館の経験が活きそうですね」
「高田くんは、素直で熱心な印象」
「でも、魔法の扱いについては...」
リリーの言葉に、確かに課題が浮かび上がる。魔法の素養がある応募者は少なく、ほとんどがゼロからのスタートとなりそうだった。
「それなら」
ノアが意見を出す。
「最初は基本的な魔法から始めて、徐々にレベルを上げていけば...」
その時、カフェの入り口で鈴の音が鳴った。午後の面接者の一人が、予定より早く到着したようだ。
階段を降りていくと、そこには小柄な女性が立っていた。20代半ばといったところか。肩までの茶色の髪に、どこか不思議な雰囲気を漂わせている。
「あの、早すぎましたでしょうか...」
少し申し訳なさそうに言う彼女に、アリアは優しく微笑みかける。
「いいえ、どうぞ。お名前は...?」
「月城と申します」
彼女の応募書類には、魔法学校での研究経験が記されていた。ただし、料理の経験はほとんどないという。
フォンダンが運ばれ、リリーが魔法をかけると、予想もしない事が起きた。デザートから放たれた光が、通常とは全く異なる模様を描き始めたのだ。
「これは...」
リリーが驚いた声を上げる。月城さんの持つ魔法の力が、リリーの魔法と共鳴しているようだった。
「申し訳ありません」
月城が慌てて説明を始める。
「私の魔法は少し変わっていて...食べ物に触れると、時々こんな反応が...」
しかし、その apologetic な態度とは裏腹に、フォンダンは美しい光の渦を描いていた。
そして彼女が一口食べた時、その表情が柔らかく綻ぶ。
「不思議です。まるで、本の中の物語が目の前で展開しているような...」
その言葉に、アリアたちは思わず顔を見合わせた。これこそが、支店で目指している世界観だったのだから。
午後の面接が進むにつれ、支店に必要な人材像が徐々に明確になってきていた。料理の技術、魔法の素養、そして何より大切なのは、人々の心に寄り添える温かさ。
次に現れたのは、40代の女性。三村さんという、以前カフェを経営していた経験を持つ応募者だ。
「長年の夢だったカフェを、事情があって手放すことになってしまって...」
三村さんは静かに語る。
「でも、もう一度チャレンジしたいと思ったんです」
フォンダンが運ばれると、落ち着いた琥珀色の光を放った。彼女が一口食べた時、その表情に深い感慨が浮かぶ。
「この味...私の店で、常連さんが『ホッとする』って言ってくれた時の気持ちを思い出します」
経験に裏打ちされた接客の知識、カフェ運営のノウハウ。そして何より、人々との関わりを大切にする姿勢が印象的だった。
面接の合間、アリアたちは少しずつ意見を交換していた。
「月城さんの魔法は本当に興味深いわ」
リリーが言う。
「ああいう独特の才能は、新しい可能性を開いてくれるかもしれません」
「三村さんの経験も、立ち上げ期には心強いですね」
エリオが付け加える。
最後の面接者は、意外な応募者だった。コウタの幼なじみという青年で、魔法学校を中退した過去を持つ。
「山崎です。コウタからこの話を聞いて...」
彼は少し言葉を選びながら続ける。
「自分の中途半端な魔法が、何かの役に立つんじゃないかと思って」
フォンダンが運ばれ、深い緑色の光を放つ。その色は、どこか森の中にいるような安らぎを感じさせた。
「懐かしい」
山崎が微笑む。
「魔法学校で、初めて魔法を使えた時の感覚...うまく使いこなせなくても、この感覚は忘れられなかった」
全ての面接が終わり、カフェには夕暮れが迫っていた。アリアたちは、今日会った応募者たちについて、じっくりと話し合いを始めた。
「私は、篠原さんと月城さんは是非お願いしたいです」
リリーが意見を述べる。
「お二人とも、本と魔法への深い理解がある。支店のコンセプトに、ぴったりだと思います」
「高田くんの純粋な情熱も、魅力的でしたね」
エリオが加える。
「技術は教えられますから」
「三村さんの経験は、必ず活きるはず」
ノアも賛同する。
「特に開店準備の段階で」
「山崎さんの魔法も、面白い可能性を感じたわ」
アリアが言う。
「完璧な魔法よりも、人の心に寄り添える不完全さの方が、私たちの目指すものに近いかもしれない」
議論は夜遅くまで続いた。採用人数、シフトの組み方、研修期間。考慮すべき点は多いが、一つ一つ丁寧に検討していく。
最終的に、支店の正社員として篠原さん、月城さん、三村さんの3名、アルバイトとして高田くんと山崎さんを採用することに決まった。
「これで、新しいチームの形が見えてきたわね」
アリアが満足げに言う。
「明日から、一人一人に連絡を入れましょう」
窓の外では、春の夜風が静かに吹いていた。新しい仲間たちと共に、どんな物語が紡がれていくのか。その期待に、胸が高鳴るのを感じる。
「そうそう」
リリーが突然思い出したように言う。
「月城さんの魔法、本当に面白かったです。あの力を活かせば、本の世界と魔法が溶け合うような、新しいデザートが作れるかもしれません」
「支店ならではの魔法が、生まれそうね」
アリアも頷く。
新しい仲間たちとの出会いは、予想以上の可能性を感じさせるものだった。それぞれが持つ個性や経験が、きっと支店を特別な場所にしてくれるはず。
カフェの灯りが、春の夜空に優しく輝いていた。
(次回に続く)
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