第25話「魔法と記憶の改装工事」
早朝の柔らかな光が、古い図書館の窓ガラスに反射していた。まだ街が目覚める前のひんやりとした空気の中、アリアは建物の前で深いため息をつく。今日から本格的な改装工事が始まる。
薄暗がりの中、建物はいつもより大きく、そして神秘的に見えた。古い木製のドアには、長年の歴史を物語る細かな傷が刻まれている。窓枠の塗装は所々剥げ落ちているものの、その佇まいには確かな威厳があった。
「おはようございます!」
最初に到着したのは、いつもの通り高田だった。彼は大きなリュックを背負い、作業着姿で現れる。続いて、他のスタッフも次々と集まってきた。
月城は今日も不思議な雰囲気を纏っており、建物に近づくと、彼女の周りで魔法の気配が強まった。
「この建物、今日は特に活発な様子ですね...」
彼女の言葉に、リリーも頷く。魔法使いたちには、建物自体が持つ特別な空気が感じられるようだった。
篠原は懐かしそうに建物を見上げていた。
「図書館として使われていた頃を知っているんです。子供の頃、よく通っていて...」
その言葉に、三村が興味深そうに耳を傾ける。
「では、作業を始めましょうか」
アリアが鍵を開け、みんなで中に入る。朝日が大きな窓から差し込み、空気中を舞う埃が金色に輝いていた。
リリーが魔法の杖を取り出す。今日の最初の作業は、建物全体に保護の魔法をかけること。古い木材や壁を傷めないよう、慎重に進める必要があった。
「私も手伝わせてください」
月城が前に出る。二人の魔法が融合すると、建物全体が淡い光に包まれた。その光は、まるで本のページがめくられるような模様を描いていく。
「すごい...」
高田が感嘆の声を上げる。魔法の光の中で、建物が少しずつ生き生きとしてくるようだった。
エリオは既に厨房になる予定の場所で、図面を広げていた。
「配管の工事は明日から始まりますが、今日は内装の下準備を」
作業は着々と進められていく。壁紙を剥がし、古い設備を取り外し、床材を確認していく。その過程で、思いがけない発見もあった。
「あ、これは...」
篠原が壁の隙間から、古い栞を見つけ出す。それは図書館時代の遺物で、淡い色の押し花が挟まれていた。
「この建物には、たくさんの思い出が詰まっているのね」
三村が優しく言う。
「それを大切にしながら、新しい物語を作っていけたら」
昼食時になると、みんなで持ち寄ったお弁当を広げた。床に断熱材を敷き、即席の休憩スペースを作る。
漆喜びながら食事をする中、月城が突然立ち上がった。
「あの、皆さん...何か感じませんか?」
彼女の言葉に、リリーも魔法の反応を察知する。昼の日差しを受けて、建物の一角が特別な輝きを放っていた。
「ここは...」
篠原が近づいて壁に触れる。
「そうだわ、子供向けの読み聞かせコーナーがあった場所よ」
月城の魔法が自然と反応し、壁に映像のような光が浮かび上がる。子供たちが集まって本を読む様子、笑顔で話を聞く姿...過去の記憶が、まるで写真のように映し出されていた。
「この記憶...使えるかもしれません」
リリーが提案する。
「お菓子を出すスペースとして、この場所の温かい思い出を活かせば」
アイデアは具体的な形になっていく。この場所に特別なカウンターを設置し、魔法で過去の記憶を優しく包み込んだデザートを提供する計画が立てられた。
午後の作業は、より技術的な面に移っていった。エリオとコウタが中心となって、キッチンの配置を決めていく。
「このライン、もう少し手前にした方が」
三村が経験に基づいたアドバイスを送る。
「お客様の表情が見やすい位置が大切なの」
高田と山崎は、窓の清掃を担当していた。
「山崎さん、ここに魔法をかけてみませんか?」
高田の提案に、山崎は躊躇しながらも魔法を試みる。
すると思いがけず、窓ガラスが虹色に輝き始めた。
「あ、これは...」
「綺麗ですね。この効果、残しておきましょう」
アリアが即座に判断する。不完全な魔法が、思いがけない魅力を生み出したのだ。
夕方になると、建物の様相は大きく変わっていた。埃を被っていた床は輝きを取り戻し、壁には新しい下地が施され、天井には魔法の痕跡が淡く光を放っている。
「皆さん、ちょっと集まってください」
アリアが中央に立ち、今日の成果を確認する。
「明日からは外部の業者さんも入りますが、この建物の魔法と記憶は、私たちで守っていきましょう」
月城が少し照れながら手を挙げる。
「あの...私、建物の記憶を集めた特別なデザートを考えてみたんです」
彼女のアイデアは、図書館時代の思い出を一皿の魔法のデザートに込めるという斬新なものだった。
「それ、素敵ね!」
篠原が目を輝かせる。
「本好きのお客様も喜んでくれるはず」
夕暮れが迫る中、最後の片付けが行われていく。工具を収め、掃除を済ませ、明日の準備を整える。疲れた体で、それでも充実感に満ちた表情で、皆が作業を終えていった。
「何だか不思議な一日でしたね」
リリーが建物を見上げながら言う。
「魔法と記憶と、みんなの想いが混ざり合って...」
「ええ」
アリアも頷く。
「この建物は、きっと素敵なカフェになってくれるわ」
帰り際、月城が小さな声で呟いた。
「今日、建物が喜んでいるのを感じました。新しい物語の始まりを、待ち望んでいるみたい」
その言葉に、誰もが心を打たれた。古い図書館は、確かに新しい命を吹き込まれ、次の章へと歩み始めようとしていた。
夕陽に染まる建物を後にしながら、アリアは改めて実感する。ここに生まれるのは、単なるカフェの支店ではない。本と魔法と思い出が織りなす、特別な空間になるはずだ。
明日はまた、新たな発見と創造の一日が始まる。その期待を胸に、スタッフたちは家路についていった。
(次回に続く)
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