第16話「再会の風が運ぶ約束」

秋の終わりが近づくある朝、「夢見のカフェ」のドアが開く音がした。アリアが振り向くと、一瞬、その場で呼吸が止まる思いがした。


「ただいま、アリア」

そこには旅から戻ったノアが立っていた。以前よりも少し日焼けした顔で、革のバッグを片手に微笑んでいる。アリアは思わず走り寄りそうになるのを、カウンターを握りしめて堪えた。


「おかえりなさい、ノアさん」

声を上げたのは、作業場から顔を出したリリーだった。その声を聞きつけてエリオも駆けつけ、カフェは一瞬にして喜びに満ちた空気に包まれる。


「すごく日焼けしてますね」

「旅の話、聞かせてください!」

リリーとエリオの声に、ノアは嬉しそうに頷いた。


「ああ、たくさんの話があるよ。でも、その前に…」

ノアはバッグから、小さな木箱を取り出した。開けると中には、見たことのない形をした乾燥果実が並んでいる。


「各地で見つけた珍しい食材さ。できれば、みんなで新しいレシピを考えてみないか?」

その言葉に、アリアは思わず瞳を輝かせた。新しいメニューの開発は、いつだってわくわくする瞬間だ。


「私たちにも、ノアさんに見せたいものがあるんです!」

リリーが嬉しそうに虹色のマーマレードの棚を指差す。光り輝く瓶を見て、ノアは驚いた表情を浮かべた。


「まさか、マチルダさんの所に行ったの?」

「ええ、ノアさんの手紙のおかげで」

アリアが答えると、ノアは深い感慨に浸るように目を細めた。


「そうか…やっぱり、このカフェなら大丈夫だと思ってたんだ」


その日の営業後、四人はテーブルを囲んで座った。ノアの旅の話と、カフェでの出来事を分かち合う。窓の外では夕暮れが深まり、店内には穏やかな空気が流れている。


「各地で本当にたくさんの料理人に会ったんだ。伝統的な料理、新しい発想の料理、魔法を使った料理…みんな、自分なりの"想い"を持っていてね」


ノアが旅で集めた食材は、どれも不思議な力を秘めているという。砂漠で採れる月光の実、山頂に咲く霧の花、海底の洞窟で育つ星の芽…。


「でもね、旅を重ねるうちに気付いたんだ。どんなに珍しい食材でも、それを活かすのは料理人の想いなんだって」


アリアたちは頷きながら聞き入る。虹色のマーマレードで学んだことと、ノアの言葉が重なり合う。


「それで、一つ提案があるんだ」

ノアは真剣な表情で切り出した。

「この食材たちと、虹色のマーマレードを組み合わせて、新しいデザートを作ってみないか?」


「新しいデザート…?」

エリオが興味深そうに尋ねる。


「ああ。マーマレードには思い出を呼び覚ます力がある。それと、これらの食材の力を組み合わせれば、きっと今までにない特別な一品が作れるはずなんだ」


アリアは考え込むように、マーマレードの瓶を見つめた。確かに、それは面白い挑戦になりそうだ。


「私も賛成です!」

リリーが魔法の杖を軽く振ると、小さな光の粒子が舞い始めた。

「魔法も、もっと工夫できそうです」


「それなら、まずは試作から始めましょうか」

エリオも立ち上がり、エプロンを締め直す。


こうして、「夢見のカフェ」での新しい挑戦が始まった。四人それぞれの得意分野を活かし、幾度も試行錯誤を重ねていく。


アリアは全体の味のバランスを整え、リリーは魔法で食材の力を引き出す。エリオは見た目の美しさを追求し、ノアは新しい食材の特性を活かすアイデアを出す。


時には失敗することもあったが、それさえも楽しい思い出となっていった。夜遅くまでアイデアを出し合ったり、予想外の反応に驚いたり、思わぬ発見に歓声を上げたり。


そして、約一週間の試行錯誤を経て、ついに新作が完成した。

「虹色の夢見るパフェ」と名付けられたその一品は、マーマレードの温かさと、珍しい食材の不思議な力が見事に調和していた。


最上部には月光の実のシャーベットが輝き、その下には霧の花のムースが神秘的な模様を描く。中層には星の芽のゼリーが散りばめられ、そして最下層には虹色のマーマレードソースが、すべての味を優しく包み込んでいる。


「これは…本当に素晴らしい」

完成品を前に、ノアが感動したように呟いた。

「みんなの力が、こんなにも美しく重なり合うなんて」


試食した四人の表情が、喜びに満ちていく。それぞれが感じる味は少しずつ違うけれど、確かな幸せの味がそこにはあった。


「これで、カフェにまた新しい物語が加わりますね」

アリアの言葉に、全員が頷く。窓の外では、初冬の風が静かに吹き始めていた。


「夢見のカフェ」は、これからもたくさんの人々の思い出と共に、新しい魔法と料理の物語を紡いでいく。ノアの帰還は、その物語の新しい一章の始まりを告げていた。


(次回に続く)​​​​​​​​​​​​​​​​

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