第17話「新しい風の誘うもの」

初冬の澄んだ空気が街を包む朝、「夢見のカフェ」には早くから人の笑い声が響いていた。「虹色の夢見るパフェ」の評判は瞬く間に広がり、連日多くのお客様が訪れるようになっていたのだ。


アリアは仕込みの手を止め、窓の外を見やる。通りには薄い霜が降りていて、木々の葉が光を受けて煌めいている。冬の訪れを感じさせる景色だ。


「アリアさん、また新しいお客様が増えましたね」

エリオが言いながら、パフェのグラスを丁寧に磨いていく。その手元には、ノアが旅先で集めた食材が並んでいる。月光の実は今朝も淡い光を放ち、霧の花は神秘的な香りを漂わせている。


「ええ。でも、これって少し心配なのよね...」

アリアの言葉に、カウンターで作業をしていたノアが顔を上げた。

「心配?」


「だって、お客様が増えすぎて、一人一人に丁寧な対応ができなくなるんじゃないかって...」

確かにそれは重要な懸念だった。虹色のマーマレードにしても、夢見るパフェにしても、ただ提供すればいいというものではない。一人一人の心に寄り添うように、慎重に提供していく必要がある。


「それなら、私に考えがあります!」

リリーが魔法の杖を軽く振りながら言った。

「お客様の心に合わせて、パフェの輝き方が変わる魔法をかけてみるんです」


「それ、面白いかもしれないわね」

アリアも興味を示す。そこへ、ドアの鈴が静かに鳴った。


入ってきたのは、初老の男性。上品な身なりで、どこか物静かな雰囲気を漂わせている。男性は静かにカウンターに座り、店内を見渡した。


「こちらが、噂の『夢見のカフェ』ですね」

落ち着いた声音で、男性が言う。

「私は菓子職人のサイトウと申します。実は、こちらのカフェの評判を聞いて、遠方から来させていただいたんです」


アリアたちは驚きの表情を浮かべた。サイトウという名前は、有名な菓子職人のものだと知っていたからだ。


「まさか、あのサイトウさんが...」

ノアが言葉を詰まらせる。旅の途中で、サイトウの店に立ち寄ったことがあるという。


「ええ。最近、面白い噂を耳にしましてね。思い出の味に出会える不思議なカフェがある、と」


アリアたちは顔を見合わせた。サイトウの眼差しには、純粋な探究心が宿っている。長年菓子作りに携わってきた職人の、真摯な眼差しだ。


「良ければ、虹色の夢見るパフェをお出ししましょうか」

アリアが提案すると、サイトウは穏やかに頷いた。


リリーが新しく考案した魔法をかけたパフェは、サイトウの前に置かれた瞬間、静かな青白い光を放った。まるで、月明かりのような優しい輝き。


「なんと美しい...」

サイトウが一口食べると、その表情が柔らかくなっていく。

「懐かしい。私が修行を始めた頃の味がする」


彼は静かに語り始めた。若かりし頃、一つの菓子店で修行していた時のこと。厳しい修行の中で、ある日先輩から教わった特別なお菓子の味。それは今でも、彼の原点となっている思い出だという。


「こんなにも鮮やかに、あの時の味を思い出せるなんて...」

サイトウの目には、かすかな潤みが浮かんでいた。

「しかも、不思議なことに懐かしさだけでなく、新しい可能性も感じるんです」


その言葉に、アリアたちは身を乗り出すように聞き入った。


「私も長年、人々の心に残るお菓子作りを追求してきました。でも、こうして改めて原点に立ち返ることで、新しいインスピレーションが湧いてくる。素晴らしい体験をさせていただきました」


サイトウは丁寧にカウンターに向き直り、一つの提案をした。

「もし良ければ、私の店と共同でスペシャルメニューを作りませんか?」


予想外の提案に、カフェ中が静まり返る。サイトウは続けた。

「私の技術と、このカフェの魔法が組み合わさったら、きっと素晴らしいものが生まれると思うんです」


アリアは深く考え込んだ。確かにこれは大きなチャンス。でも同時に、大きな挑戦でもある。


「みんなはどう思う?」

アリアが仲間たちに問いかけると、それぞれが前向きな返事を返した。


「面白そうですね!」

「新しい可能性が広がりそう」

「私たちにとっても、良い経験になりそうです」


アリアは微笑んで頷いた。

「では、サイトウさん。ぜひ一緒に新しいメニューを作らせていただきたいと思います」


こうして、「夢見のカフェ」は思いがけない形で、新たな挑戦への一歩を踏み出すことになった。それは単なるコラボレーション以上の、魔法と職人技の融合という、誰も見たことのない試みになるはずだった。


その日の営業後、アリアたちは興奮冷めやらぬ様子で話し合いを続けていた。新しい可能性への期待と、少しの不安が入り混じる中、確かな希望が芽生えていた。


窓の外では、小さな雪が舞い始めていた。初雪の優しい光が、新しい物語の始まりを静かに見守っているようだった。


(次回に続く)​​​​​​​​​​​​​​​​

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