第15話「心つなぐマーマレードの光」
秋の深まりゆく朝、「夢見のカフェ」には早くから温かな明かりが灯っていた。アリアは丁寧にマーマレードの瓶を棚に並べながら、昨日の出来事を思い返していた。マチルダから教わった特別な製法、記憶の泉での体験、そして新しい可能性への期待。
「おはようございます、アリアさん!」
リリーが元気よく入ってきた。彼女の手には、魔法で作った特製の器が数個。マーマレードを最も美しく見せるために、一晩かけて準備したものだという。
「リリーちゃん、その器、とても素敵ね」
透明な器の内側には、かすかに虹色の模様が施されている。マーマレードの光を受けると、その模様がより鮮やかに浮かび上がるように工夫されていた。
エリオも早めに到着し、三人でカフェの準備を始める。今日は特別な日。虹色のマーマレードを初めてお客様に提供する日だった。
「でも、マチルダさんの言葉を忘れずに…」
アリアが静かに言う。必要としている人に、その人の心が準備できたときに。その約束を、みんなで確認し合う。
開店時間が近づくと、いつもの常連さんたちが次々と訪れ始めた。ミナさんは今日も一番乗り。カウンター席に座りながら、棚に並ぶ虹色に輝くマーマレードに気付いた。
「まあ、なんて美しいマーマレード…」
その瞬間、マーマレードの光が少し強くなる。アリアは直感的に悟った。ミナさんこそ、最初にこのマーマレードを味わうべき人なのだと。
「ミナさん、良かったら新しいマーマレードを試してみませんか?」
リリーの特製の器に盛られたマーマレードは、まるで小さな宝石のように輝いていた。トーストに添えられ、その香りだけでも心が温かくなるような感覚がある。
ミナさんが一口食べた瞬間、彼女の目に涙が光った。
「懐かしい…これは、母が作ってくれたマーマレードの味」
静かに語り始めるミナさん。彼女の母は料理上手で、特にマーマレード作りが得意だった。日曜日の朝には必ず、焼きたてパンにマーマレードを添えて家族で食べる。それが何よりの幸せな時間だった、と。
「母が亡くなってから、あの味は二度と味わえないと思っていたの。でも、このマーマレードを食べたら、あの頃の幸せな気持ちまで蘇ってきて…」
その話を聞いた他のお客様も、次々とマーマレードを注文するようになった。それぞれが、異なる思い出と出会う。
若い学生は、初めて自分で作ったおやつの味を思い出す。仕事帰りのサラリーマンは、故郷の母の味を懐かしむ。小さな女の子は、「おばあちゃんちのプリンの味がする!」と目を輝かせる。
一人一人の反応が、全て違う。でも、みんなの表情には温かな笑顔が浮かんでいた。そして不思議なことに、マーマレードを食べた人々は自然と会話を始める。思い出話に花が咲き、初対面の人同士でも打ち解けていく。
「このマーマレードには、不思議な力があるのね」
アリアがつぶやくと、リリーが嬉しそうに頷いた。
「人々の心をつなぐ力…マチルダさんの言っていた通りです」
午後になると、マーマレードを求めて新しいお客様も訪れるようになった。口コミで広がったのか、「思い出の味に出会える」と聞いて来店する人が増えていった。
ただし、三人は約束通り、全ての人にマーマレードを提供することはしなかった。その人の表情や雰囲気を見て、今が適切なタイミングかどうかを慎重に判断する。
時には、普通のマーマレードを出すこともある。それでも、カフェの温かな雰囲気は変わらず、お客様たちは満足して帰っていく。
夕暮れ時、一日の営業を終えようとしていた時、一人の旅人が訪れた。疲れた様子で、重そうなリュックを背負っている。
「お疲れのようですね。何かお飲みになりますか?」
アリアが声をかけると、旅人は少し照れたように微笑んだ。
「ずっと歩いてきたんです。どこか、心が落ち着ける場所を探していて…」
三人は顔を見合わせ、そっとうなずき合った。エリオがトーストを焼き、リリーが器を用意する。そしてアリアが、最後に残っていた虹色のマーマレードを取り出した。
旅人がマーマレードを口にした瞬間、疲れていた表情が柔らかくなっていく。
「不思議だな…まるで、家に帰ってきたような気持ちになる」
その言葉に、アリアたちは温かな気持ちになった。確かにこのカフェは、誰かの「帰る場所」になれるのかもしれない。マーマレードの力は、そんな可能性も教えてくれているようだった。
その日の閉店後、三人は片付けをしながら今日一日を振り返っていた。
「たくさんの素敵な出会いがありましたね」
「うん、みんなの笑顔が見られて良かった」
「これからも、もっとたくさんの人の思い出に寄り添えたらいいですね」
窓の外では夕日が沈みゆく。棚に並ぶマーマレードの瓶が、夕陽を受けて優しく輝いている。明日はまた、新しい出会いと思い出が生まれる。そんな期待を胸に、三人は家路につくのだった。
(次回に続く
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