バッドエンドに花束を

第1話

「はあ、さっさと滅びてくれないかなあ……日本」


 都市駅に向かう電車に揺られながら、私はついボソッと呟いた。すると不本意ながら、目の前で座ってうたた寝をしていたサラリーマンの耳に入ってしまったらしく、うるせえぞと睨まれる。慌てて、開いていた歴史の教科書を読み込んでいるフリをした。


 私はカラン、17歳。


 この誇り高く偉大なる国、

冠式社会主義共和帝国かんしきしゃかいしゅぎきょうわていこくー通称「式国しきこく

に生まれ育った。 


 私たちの生活は、常に政府の監視下にある。街のあちこちには、目に見えない目が私たちを見守り、指示に従わない者には厳しい罰が下る。

 学校でも、将軍様や国家への忠誠心を育むための授業が行われ、国のために生きることが当たり前。

 なぜなら私たち国民にとって、国家に尽くすことこそが、我が国の平和を守るために必要不可欠な行いであり、史上最高のよろこびだから。


 私が今向かっているのは、毎日通ってる訓練校。そこでは、この国の「工作員」になるための厳しい訓練が行われる。

 命を捧げて国家に奉仕できる工作員は全ての職業の中でも狭き門だが、もしなれれば、自分とその家族は政府から一生分の恩恵を受けられるのだ。

 

 とくに、我が国の隣国にして最大の脅威・日本に派遣される工作員は「シノビ」と呼ばれ、工作員の中でも最高峰の名誉であるとされている。

 この間も、ニュースで「国家に貢献する英雄たち」として、日本に派遣されたシノビたちの活躍が報じられていた。

 彼らは、式国の誇りとして日本で重要な情報を収集しているのだ。将来、私もあんな風に任務に就くかもしれないと思うと、胸が高鳴る。


 国家教育機関で教師をしている私のお母さんは、たった一人で娘の私を育ててくれた。


 お父さんは私が生まれてすぐに、何故か失踪したらしい。

 

 お母さんに恩返しするため、そして我が国の未来のため、私は絶対工作員になると心に決めている。

 まあ、さすがにシノビになれるのは一握りのエリートだけだから、万年補習組の私には厳しいかもだけど……。


「せめて、他の国への工作員なら……」

「またそれ?」

「………って、わあ!??シオ、いたなら声かけてよ!」


 背後から聞き慣れた声がして振り返ると、そこには幼馴染の少年・シオが立っていた。


「あのさあ、独り言のつもりなのかもしれないけど、全部漏れてるからね?誰が聞いてるか分からないんだから、もっと気をつけなよ」


 呆れ顔でため息を吐くシオに、私も少々ばつが悪くなる。

 あーもう、よし、話題を変えよう。


「へいへい、っと……あ、そういえばシオ、あんたの学校も、もうすぐ学期末試験じゃない?」

「そうだけど。何?また座学を教えてほしいって話?」

「ご名答!さっすが幼馴染!」

 

 にひひ、と笑ってピースをする私に、シオは再びため息を吐いた。


「あのカランが、都市部の難関訓練校に入学できたと思ったら、案の定これだもんな……」

「シオが付きっきりで勉強見てくれたおかげ!それにほら、その勉強の甲斐あって、あんたも医療学校に入れたワケだし……」

「僕は最初から合格圏内だったけどね」


 私達は、故郷のハクガン村から50㎞ほど離れた都市部の学校に通っている。私は工作員を目指す訓練校、シオはその隣にある医療学校。

 ちなみに、どちらも全国屈指のエリート校だ。


♔♔♔


 私とシオは、海沿いにある田舎の村で生まれ育った。国の一人っ子政策で急激に子供が減少していたこともあり、私達は村ぐるみで蝶よ花よと大切に育てられた。


 シオは昔から、とにかく頭が良かった。考えるより先に体が動いてしまう私と違い、視野が広く、何事もまず考えてから行動に移す地頭の良さがあった。

 さらに父親は政府専属のエンジニア、母親は医者ということもあってか、ハチャメチャに勉強もできる。

 しかし、今でこそ頼もしい幼馴染だが、幼い頃は気が弱く泣き虫で、いじめっ子の標的になることも多かった。

 

 私達は幼稚園から帰ってくると、いつも村の外れの丘でこそこそと、大人達に聞かれたくない色んな話をしていた。


「うっ……グスッ………カラン、ぼくもう幼稚園行きたくない……」

「シオったら、また泣いてるの?今日は何があったの?」

「帰りの会の監視発表かんしはっぴょうの時間で、ぼくが将軍様の写真を見て鼻で笑ってたって、みんなの前で証言されたの……そんなことするはずないのに……」


 はあ、またギリとベリアか。先生もあの2人は意地悪な奴らだって本当は分かってるだろうけど、親が政府の高官だから強く言えないんだろうな。


「シオ、じゃあいいものあげるよ」

「いいもの?」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたシオが私を見る。


「はい!」


 私はこっそり背後で隠し持っていた、ナディシュの花束を差し出した。

 

 ナディシュは式国の国花。薄いピンク色の小さな花びらが何枚も重なっている、可愛い花だ。ちなみに、今いる丘は春になるとナディシュが咲き乱れることから、村人からは「ナディシュの丘」と呼ばれている。

 

 そして、この国では特別な日にナディシュの花束を贈るという習慣があるが、渡すタイミングや理由は、それぞれの家庭の教えによって微妙に違ったりする。

 私はお母さんから「ナディシュを贈るのは、心を通わせる人への敬意と愛情を表すためよ」と教わった。


「わあ、ナディシュだ!……って、え、ぼくに?」


 なぜかシオの顔がみるみる赤くなっていく。


「シオ?どうしたの?」

「い、いや……これはどういう意味でくれるの?」


 上目遣いでこちらをジッと見てくる。わあ、男の子とは思えないくらい、長くてキレイなまつ毛だなあ……じゃなくて。


「これは、誓いの花束!」

「誓い?」


 不思議そうに首を傾げるシオに、私は得意気に続ける。


「私は大きくなったら、この国を守る工作員になる!国一番のお仕事に就いたら、どんなにエラい大人でも、私のことは無視できないでしょ?」

「……!」

「国を守れるくらい強くなったら、あんた一人を守るくらいどうってことないし!」

「カラン………!」


 その瞬間、シオの目からは滝のように涙が流れ出てくる。あれれ?泣き止んでほしくて言ったのに、どうして余計に泣くの!?

 私がオロオロしていると、シオは涙を拭いながら真っ直ぐにこう言った。


「じゃあぼくは、大きくなったら医者になる。カランが任務で怪我をしたらすぐに治してあげるし、ずっと側で支えてあげる!」

「シオ…………」

「だからぼく達、ずっと一緒にいようね」


 ナディシュの花束を両手で握りしめながら、シオがニコッと笑った。少し潤んだ目はキラキラと光っていて、なんだか清々しい表情だった。

 

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