第9話 (自称)兄として


 十五階層のセーフゾーンは『スフィア様は見ている』という意味を込めて『スフィア村』と名付けられていた。五十ほどの平屋が並び、魔法で光源を確保している。数百年以上存在するらしく、一度もダンジョンから出た事のない村人もいるとか。


「この家はエレノア様の名義で買い取っていますので、いくらでも滞在して大丈夫です」


 ショートカットの少女冒険者が深く頭を下げて退出した。エレノアの説明通り、育成組の年齢は若く、俺よりも幼い容姿の男女が十数人出入りしている。


「どうだ、この中から妹を選んでみないか?」

「エリー、それ以上の我儘を言ったら兄として怒るぞ」

「君の我儘が度を過ぎているだけだろう……」


 こんなに早く到達できると思っていなかったのか、俺の実力を完全に認めたようだ。ダンジョンに入るまでの強気な態度は少し軟化していた。


「あ、あの……」


 兄妹のやり取りをしている俺達に割って入ったのは、青髪の(美)少年だった。年は俺より三つ四つ若そうだ。腰には短剣を二本差しており、見た目とは裏腹に鍛えられた肉体は優秀なアタッカーを予想させる。


「君は?」

「ルリオと申します。ハル様にご質問がありまして……」


 上目遣いで見上げられると、性別が分からなくなってくる。もちろん念波で性別は確認済みなので少年で間違いないのだが。


「うむ、何でも聞いて良いぞ」

「ハル様は本当にエレノア様の兄上なのでしょうか!?」


 ルリオの大きな声に掃除や料理をしていた育成組が一斉にこちらを向いた。

 エレノアはパクパクと口を開け、どう言い訳すれば分からない様子だ。兄妹の関係になる約束が嘘だとするならば、俺と一生を添い遂げるとかいう訳の分からない契約を結ぼうとしていたことがバレる。前門の虎後門の狼とはまさにこの事だ。


 ここで肯定するのも良いが、俺はエレノアを困らせたい訳ではない。

 ルリオの頭を撫でながら、優しく返答する。


「俺にとってルリオ、君も弟みたいなものだ。エリーとは遠い親戚でな。俺はとある呪いで年が若く見えるが、ここにいる誰よりも年上なんだぞ」

「な、なるほど! そういう事だったんですね!」


 説得力のある説明に、ルリオを含む育成組がホッと胸を撫でおろした。俺がエレノアを脅して仲間を助ける為にリクティス家を乗っ取ろうとしている、とでも考えていたのだろう。


「ハル……」


 エレノアが驚いた表情でこちらをボーっと見ている。兄としてカッコいい所を見せすぎたかな。

 しかし、一人の育成組の発言から流れが変わってしまう。


「わ、私も妹になって良いんですか!?」

「ああ、もちろんだ」

「……!!」

「僕も弟にしてください!」

「当たり前だ」

「……!!!」


 一斉に集まる子供達。事前の説明では育成組は冒険者両親などがダンジョンで亡くなった孤児、もしくは名のある家系で事情を抱えた立場の危うい子達らしい。彼らの心が明るくなるなら、それがエレノアの喜ぶ事ならいくらでも嘘を吐くつもりだ。


「な、エリーもそう思う……よ、な?」


 エレノアの顔を見ると、ぷくーとフグのように頬を膨らませていた。

 俺がそれを見ていると気づくや否や、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 ……もしかして、嫉妬をしているのか?


「エリー、俺は――」


 君が一番の妹だ。

 そう伝えようとした瞬間、扉の前に強烈な敵意を感じ取った。

 歩き方や声の質で感情は強く伝わってくる。


 エレノアが何かを言おうとしていたが、俺は彼女の口を押さえて扉の方を向いた。


「おいおいおい! まだいるのかガキ共!!」


 バァンッと木製の扉を蹴り破って現れたのは、屈強な男達だった。使い込まれた靴に擦り減った剣の柄。目線や言葉のやりとりもなく自然と広がっていく陣形。


「ルリオ、彼らはA級冒険者パーティか?」

「え、ええ、よくご存じですね。彼らは紅蓮狼フレイムウルフと言って、この階層で現在最も強い冒険者パーティです」


 ルリオの心拍数が上昇している。緊張感を生んでしまうが今までに何かあったのだろうか。


「お前ら、村の最奥は一番強い冒険者パーティが使うって昔から決まってるんだ。何度聞いたら理解できるんだよ」

「そ、村長に聞きましたが、そんなルール存在しませんでした!」


 ルリオが声を上げる。自然と両手が短剣を握っていたが、それは戦闘の意思を示す悪手だ。


「なんだよ。お前、剣なんか握って、もしかして暴力を振るう気か?」

「……あっ」


 無意識の行動に気付き、慌てて短剣を放す。が、チンピラの彼らには一手も二手も遅い気づきだった。


「おいおいおいおい、この村はダンジョンに挑む冒険者達の唯一の癒しの場だぜ!? それなのにお前は冒険者同士の話し合いを暴力で解決しようって言うのかよ!?」

「ち、ちがっ……」


 まだ若いルリオには荷が重すぎたようだ。

 大義名分を得た紅蓮狼達が一斉に武器を抜いた。


「あーあ! 俺達も自衛のために武器を抜かなきゃいけなくなった! お前のせいだからな! クソガキ!」

「俺も殺されるの怖いから先に攻撃しちゃおっかな!」


 チンピラの一人が長剣を少女冒険者に向けて振り抜いた。剣の軌道を読むに少女に当たる事はなさそうだが、威嚇行為としては十二分の効果があった。少女は腰から崩れ落ちて戦意を失っている。


「さぁどうするクソガキ、大人しく出ていくか、それとも……あひ?」


 リーダー格の男がルリオを脅す途中、強い殺気と共に立ち上がったエレノアを見て間抜けな声を上げた。他の紅蓮狼メンバーも彼女の存在に気付き驚きの声を上げる。


「お、お前は、神聖スフィア王国五大冒険者の一人、S級冒険者の銀光剣シルヴィスソードエレノア・リクティス!?」


 名前を呼ぶまでの前書きの多さに俺は少し笑ってしまった。そのことに気づいたエレノアがジトーとこっちを恨めしそうに見ている。まさか妹のジト目がこっちの世界でも見られるとは。


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