第10話 図星

「この子達はギルド銀光星シルヴィスターの一員なのだが、何かトラブルでも起こしたのかな?」


 微笑みながら紅蓮狼に歩み寄るエレノアだったが、その背中から魔物も逃げ出すほどの殺意が溢れ出していた。


「こ、こいつが先に短剣に手をかけたんだ!」

「ほう、普段から武器に手を掛けておくことは冒険者として優秀な証拠ではないか」


 と、ルリオの頭を撫でるエレノア。


「そもそもさっきも説明した通り、この最奥の家は村でも最強のギルドが使う事になってるんだよ!」


 そうだそうだ、と野次を飛ばす紅蓮狼のメンバーだったが、エレノアが睨んだ瞬間に萎縮してしまった。


「では、貴様達のルールに合わせる事にしよう」

「エレノア様!?」

「そ、そうか、それじゃあ俺達が――」


 エレノアは静かに腰の剣を抜き、紅蓮狼に剣先を向けた。


「この村で一番強い冒険者が誰か、名前を言ってみろ」

「……エレノア・リクティスです」


 紅蓮狼が退散した瞬間、育成組が歓声と共にエレノアに駆け寄り抱き着いた。

 中には安心して涙を流す子もいたが、俺が念力で心拍数を誘導し落ち着かせる。


 同時にこの空間で最も心拍数の高いエレノアも、少しずつ落ち着かせていく。


 彼女は最強の冒険者の一人かもしれないが、育成組のピンチで冷静を保てるほどの精神性は持ち合わせていなかった。


 全員の鼓動がいつものリズムを刻み始めた時、ルリオの隣にいた生意気そうな少女が俺を指差して声を上げた。


「この人、エレノア様がピンチだったのにビビッて動かなかった!!」


 エレノアの表情が強張り、俺のこめかみ付近がピクリと脈動した。


「銀光星のメンバーでもないのに、ここに居座る資格がない!」

「ミーシャ!」


 ルリオが困った声を上げたが、ミーシャと呼ばれた少女の口は閉じる事ができなかった。


「私は認めない! こんなボーっとしてて苦労した事も辛い事もなかったような人!  絶対に認めないんだから!」


 確かに、俺は地球の生活で苦労した事も辛い思いもほとんど経験したことがない。一般的な日本の家庭に生まれ、食に困る事もなく、両親から愛情も十二分に受け続けた。ここにいる誰よりも幸せな人生を歩んできた自信がある。


 だから俺は否定しなかった。

 その幸せ全てを壊され、仲間も友人も、思い出の場所も何もかも存在しない世界に逃げる事しかできなかった現実があったとしても、ミーシャの心を傷つけてまで反論する必要はないと感じたのだ。



 パチンッと音が響いた。



「えっ……」


 頬を打つ軽い音。

 それはエレノアがミーシャを叩いた音だった。


「な、なんでエレノア様……」


 じわ、と。ミーシャの目じりから涙が浮かんだ。


「謝りなさい。ハルは貴方の思うような人ではありません」

「で、でも……」

「謝りなさい!」


 エレノアの叫びに育成組はビクリと身体を強張らせた。ルリオだけは彼女の言葉の真意を理解したのか目を閉じるも心は落ち着いている。


「ミーシャ間違ってないもん! 絶対に謝らないから!」


 袖で涙を拭いながら、ミーシャが建物から駆け出して行ってしまった。

 エレノアは先ほどの緊張感から解放されたばかりだからか、ミーシャの背中を目で追うしかできない。育成組の少女達が数人、彼女の背中を追いかける。


「わ、私はなんてことを……」


 聴覚強化して何とか聞こえる声でエレノアは呟いた。


「さっ、エレノア様はダンジョン攻略に疲れている。一旦休ませてあげよう」


 と、ルリオが育成組を外に出るように誘導した。出入り口で俺の方を見て、コクリと頷く。後は頼みます、と。

 

 俺は頷き返すと、エレノアの近くに移動する。


 こんな時、兄としてどうすれば良いのだろうか。

 庇ってくれてありがとう。皆を助けた姿が格好良かった。リーダーとして大変だな。どれも聞こえが良いだけで妹の欲しい言葉ではない気がする。


 そもそも、エレノアは俺を庇ったのだろうか。

 もちろんそういう意味も込められていたのだろうが、あれは自分に向けた悲痛な叫びに聞こえた。


「エリー、ここに座って」


 と、腰を下ろした俺は膝の上に座るように促す。

 一瞬戸惑ったエレノアだったが、俺の真剣な表情に何かを察したのか、拒否する元気がなかったのか、静かに腰を下ろした。


 昔、俺と喧嘩した妹が父さんに慰められる時、いつもこうされていた気がする。


 身長差のない、むしろエレノアの方が少し高いくらいだったので、じっと見つめ合ってしまう状態。流石に気まずいだろうと、俺は彼女を抱きしめて背中をトントンと一定のリズムで叩いた。


「ミーシャちゃんの言葉、自分にも当てはまると思ったんだね」

「……っ!」


 図星を突かれ、エレノアの身体がビクリと強張った。

 その後、しゃっくりをするように震えだし、大粒の涙が俺の肩を濡らす。


「だ、だって……、ぐす、育成組の中には、彼らを兄や姉のように……うぅっ」


 彼らとは最終ダンジョンで死んでいる可能性の高い仲間の事を指している。そんな彼らを最終ダンジョンに残したリーダーとして、誰よりも責任感に押しつぶされそうになっていた。


「そんな気持ち、ミーシャちゃんには微塵もないと思うよ」


 ありきたりだが、まずは一番大事な言葉。

 最早返事もできないほど泣きじゃくっているエレノアに声を掛け続ける。


「仲間の事も、一人で責任を負う必要はない。何が起きたのか、どうして起きたのか、最終的にどうなったのか。真実を確かめてから考えよう」


 肯定を表しているのか、ギューッと俺の身体を抱きしめるエレノア。

 しばらく沈黙が流れ、エレノアの心拍数が落ち着いてきたタイミングを見計らって簡易ベッドへと寝ころばす。


「さて、と。赤ちゃんはここに寝ころんでもらって」

「どこに行くんだ?」


 赤ちゃんを否定しないエレノア、可愛い。


「ちょっとお手洗いに、ね」

「私を置いていくのか?」


 その言葉は冒険者パーティ全員へ向けられていたように思えた。

 だから、俺は彼女の艶やかな髪をそっと撫でながら答える。


「俺は絶対にエリーを一人にしないよ。だって、君のお兄さんだからね」


 心拍数を意図的にゆっくり誘導しながら、エレノアの眠気を限界に追い込んで行く。涙を流しながら意識を失った彼女から身体を離し、入り口へ目線を向ける。


「さて、兄としてカッコつけさせて貰いますか」


 どんな時だって兄は妹の味方であり、裏で行動するのが美徳だ。

 目指すは村の広場。急がなければミーシャが傷つけられてしまう。


 胸ポケットから真空パックを取り出す。空気を入れると、そこには真っ白な繊維がボワと溢れた。一見すると綿毛のように見えるだろう。


 だがこれは、地球で最も強力な自然物の一つ。

 蜘蛛の糸から抽出した物質で、衣服にも織り込まれている。


 念力で構造変換し、糸状に戻して腕にグルグルと巻き付かせる。

 地球で何か月も訓練をして会得した蛛網術ちゅもうじゅつ


 この秘術を準備するという事は、紅蓮狼に対して躊躇するつもりはないという事。


 例えその後、育成組から恐れられる存在になるとしても。

 覚悟は決まっていた。

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