第8話 純粋で邪な彼女との契約
翌日、ギルディアの関所を抜けて北のダンジョンへと向かう。
「スフィアのへそ」と呼ばれるA級ダンジョンに挑むため。俺とエレノアのたった二人で舗装された道を歩く。
「機嫌直してくれよエリー。俺は本気なんだ」
「………」
膨れっ面で早歩きのエレノアに歩幅を合わせ、必死にご機嫌を取る。
今朝の契約。
覚悟を決めて俺の話を聞いていたエレノアだが、内容を理解するにつれて呆れるような、それでいて嬉しそうな、だが何より悔しそうな顔で俺を睨みつけてきた。
「……私を、女として愚弄している」
「していない! 俺は君を誰よりも魅力的な女性だと認知している!」
誉め言葉に対しエレノアの耳がピクリと反応した。口角が上がるのを必死に抑えている。内心では契約を受け入れている事が良く分かる様子だ。
それからもチクチクと文句を連ねるエレノアに対して誉め言葉をかけ続けたら、顔を真っ赤にした彼女がついに立ち止まってこちらに向いた。
「こっちは一生の覚悟を決めてきたんだぞ!」
「俺だって一生の覚悟だ!」
「たっ……しかに、そうだ……が!! 何度聞いても理解できない!」
狂いそうな情緒に打ち勝ったエレノアがスゥと大きく息を吸い、大声で叫んだ。
「年上で体格も大きく、冒険者パーティのリーダーも務めている私だぞ!」
「年上でも体格が大きくても、どんな地位でも立場でも問題ない!」
今度は俺が力の限り叫ぶ。
「エリー! 君は俺の妹になる女性だ!!」
あまりに力を入れすぎて、すれ違う冒険者達が目を大きく見開いて驚いていた。
そう、俺はエレノアに自分の妹となるように頼んだのだ。
アランの一件からも俺に家族が必要なのは明白。こっちの世界で生きる意味を見出す為には、彼女や結婚相手よりも深い繋がりを見つける必要があった。
「い、意味が分からん! 姉では駄目なのか!」
確かに年齢や見た目からするとエレノアは姉になるべきだろう。
だが、先日の感情的な彼女を見てしまい、地球に残した妹と重ねてしまったのだからもう遅い。
「いやいや、背伸びしたい気持ちは分かるけどさぁ、エリー」
「妹扱いするな!」
ゴンッ、と顔面に叩きこまれるエレノアの拳。
威力こそ違うものの、暴力的で感情的な妹にそっくりだった。
「まぁ、お互いに言い分はあるだろうけど、今はエリーの仲間を救出するのが先だ」
鼻血を流しながらも、優先すべき点を述べ兄としての威厳を保つ。
エレノアは半ば呆れた表情でこちらを見ていたが、俺の本気度合いに根負けしたのか前を向いた。
「契約魔法まで結んだのだ。仲間の生死を確かめられた時点で君の妹になる。だが、妹としての振る舞いを見せるかどうかは別の話だからな」
「ああ、家族は関係や形で成り立つものじゃない。心で繋がるから家族なんだ」
「だったら姉でも良いだろうに……」
至極正論が聞こえたが、反応しなければ聞いてないのと一緒だ。
そうこうしている内にダンジョンが見えてきた。
スフィアのへそと言われるだけあって、平原のど真ん中に位置するそれはちょこんと小さな山が盛り上がっており、切り立った崖に奥へ進む入り口があった。
「レイスは出べそだったんだな……」
「なっ、き、貴様不敬罪だぞ!」
そういえばこの大陸に生きる半分以上の人族がスフィア教に入信していたのだった。何も恩恵なく(世界に受け入れてもらった事を除いて)、ギルディアなんかに転移させられた俺には信仰する気持ちはひとかけらも生まれない。
「ははは、エリーは熱心なスフィア信者だなぁ」
「国によっては死刑になるレベルだぞ……」
「……まじ?」
憐憫の視線を送るエレノアに、俺は素直に気をつける事を誓った。レイス様、素敵な妹に出会わせてくれた事、心より感謝いたします。
□
ダンジョンに入ると、薄暗い通路に所々松明が並んでいる。
スフィアのへそは多段階構造で、地下五階まではD級冒険者だけでも攻略できるレベル。地下十階まではC級でも、地下十五階まではB級でも攻略できる難易度だそうだ。
「地下二十一階にいる門番を倒せなければ、A級であろうと最終ダンジョンに挑むことはできない」
必死にモンスターと戦っているD級冒険者達を横目に、俺達は全力でダンジョンを進んでいた。全力に近い走り方にもかかわらず、エレノアは説明を続けてくれた。
「最終ダンジョンは階層という概念が存在しない。一説によるとはるか昔に世界を支配していた巨人族の神殿跡地だと言われている」
確かにエレノアの身体に刻まれた記憶からは巨人が作ったとしか思えない構造が広がっていた。彼らが本当に存在していたとすると、この世界は想像以上に広いのかもしれない。
「門番はとても巨大な竜の死骸で、かつて巨人族と共に生きた
「古代魔法……」
魔法自体を良く分からない俺からすれば、古代魔法なんて想像もできない。
ダンジョンを攻略しながら、少しでも魔力について理解していかなければ。
「本来なら十人編成で攻略する古代竜だ。だが、攻略の術はある」
と、エレノアは胸元からネームタグを取り出す。漆黒で艶消しスプレーをかけたようなそれは、彼女がツンツンと突くと目の前にウィンドウが広がった。
「地下十五階層は特殊な作りになっていて、魔物が出現する事はない。その性質を利用して小さな村が出来上がっている」
ウィンドウに並べられた名前を大事そうになぞるエレノア。
「二十一階層へ至るまでの攻略を育成中の仲間達に任せていたのだ。彼らは私達の帰還を信じて未だに村で待機している」
「えっ、まだエリーが生きている事を伝えていないのか!?」
当然の疑問を口に出し、自分が失敗したと気づく。
涙目になったエレノアが、自分自身への怒りを押し殺して静かに答えを返す。
「私だけ無様に生き残り、仲間を助ける術が見つからないから諦めて帰ろうなど……誰が言えるだろうか」
言い終えた後、グッと下唇を噛むエレノア。
ここまで関わってしまった以上、彼女の想いや覚悟を受け入れてしまった以上、失敗は許されない。
「……エリー、ちょっと飛ばすよ」
「えっ、これでも全力で、きゃっ!?」
念力でエレノアを自分の背中へと移動させる。
「な、何をする! わ、私を背負うな……どっ!?」
心臓に負荷をかけ、体中の筋肉を強化し、スピードを数段階引き上げる。
常に念波を飛ばしてダンジョンの構造を解析し、最適なルートを見つけ出す。
「こ、こんな道、あったのか……」
驚いているエレノアには悪いが、これから先もっと心臓に悪い展開が続く。
「そ、そっちは壁、はぁああああっ!?」
壁を破壊し、ルート短縮。
「そこは湖のごぼっごぼぼぼぼぼっ!」
水に沈んだ隠れルートを使い、時間短縮。
「その先は巨大な崖が……ぎゃぁああああああっ!?」
数階層か下に続く大穴を飛び降り、回想短縮。
「………」
ぐったりと、俺の身体に体重を預け、振り落とされないようにだけするエレノア。
綺麗な髪が濡れてしまったので念力で乾かしながら、ついに十五階層の入口へと到達する。
「エレノア様! エレノア様だ!」
「リーダーが帰ってきたぞ!」
「だが、何故知らない男に背負われているんだ!?」
「なんて疲れた表情をしているんだ! 神官急いで回復しろ!」
「きっと最終ダンジョンで恐ろしい事があったんだわ!」
口々にエレノアの状態を心配するも、彼女は「あ、あはは……」と愛想笑いするしかできなかった。その姿、かつて調子に乗った妹が「ジェットコースターくらい乗れるし!」と挑んだ後、足をガクガクさせながら何も答えられなくなった姿にそっくりだった。
そこで、俺が代わりに説明しようと口を開く。
「兄として、もっと配慮できる点があったか――」
「ぎゃぁああああっ!! 黙れぇええええっ!」
「ぐえっ」
顔を真っ赤にしたエレノアが背中に乗った状態で俺の首を強く締めた。
妹の攻撃は超能力で回避しない。家族なのだから当然のスキンシップだ。
「あ、アニと名乗る人が倒れたぞ!」
「気絶はしていないみたいだ!」
「なんて幸せそうな顔をしているんだ……」
「エレノア様を助けられた事を誇りに思っているのね」
と、口々に見当違いな予測を立てる人々。
俺はただ、妹がじゃれついてくれて嬉しいだけなのに。
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