第6話 ギルドを通さない依頼は違法です

「先ほどは失礼な態度をとって申し訳ありませんでした」


 受付嬢は改めて謝罪するとともに冒険者の身分を証明する銀色のネームプレートを差し出してきた。カミサカハルという名前が刻まれている。


「本来なら冒険者登録した支部で依頼をこなす必要があるのだが、ギルド長には私が話をつけておこう。君もこんな国からさっさと逃げ出したいはずだ」


 アランももはや取り繕う気はなくなったようだ。

 慰謝料代わりと半年は遊んで暮らせる分のお金も用意してくれた。ネームプレートは電子マネーのような役割をしているらしく、銀色から金色へと変化する。


「アラン、貴方も一緒にどうですか?」


 俺の中でアランの評価は爆上がりしたようだ。気づけば年上として敬意を払っていた。できれば一緒に旅をして、この世界について導いて欲しい。


「ははは、嬉しいお言葉ですが、私にもやるべきことはあります。いつかまた会いましょう」

「ちぇ、父親代わりになってもらえるかと思ったのに」


 つい本音を漏らしてしまった。

 アランは「ああ、異世界から来たのですから……」と小声で納得した後、俺を強く抱きしめた。


「この世界でどうしようもなくなった時、つらくなった時、嬉しいことを報告したくなった時、いつでも私を頼りなさい。君の父親にはなれないが、よき友人として迎え入れよう」


 前世でも父親と触れ合ったのはいつ頃だろうか。

 俺は目じりから溢れそうな涙を念力で蒸発させながら、彼の言葉を強く飲み込んだ。


 ◇


 ギルディアの国境は皇子のいた街より数時間ほど東に歩いたところにあった。

 険しい山で囲まれており、関所には多くの兵士が周囲を監視している。紋章はギルディアのもので、アランの名前とネームタグを見せると快く関所内に通してくれた。


「アラン様は定期的にここに来てくれるんだ。沢山の酒と食料を持ってな!」

「いろいろと大変な状況なのに、本当に立派な人だ」


 なんだか自分の父親が褒められているような嬉しさがあったが、彼らにとってもアランは父親代わりなのだろう。もしかしたら、国を出ていくのではなく、第三皇子を処理した方が良かったのかもしれない。


 兵士達と別れ、関所内に入る。

 広場には旅人や冒険者で溢れていて、そこら中にテントが張っている。

 露店も繁盛しており、かなりの活気があった。


「この先に巨大ダンジョンがあるんだがよ。魔力石の三割はあそこから輸出されてるんさね」


 露店のおばあちゃんが「ひっひっひ」と笑いながら説明をしてくれた。


「さらにダンジョンを進めばものすんごいお宝が眠ってるとか。死ぬ前に見てみたいねぇ」


 と、遠くを見つめながら一枚の紙を差し出してきた。

 そこには子供が描いたような絵が載っており、数人の冒険者が自分たちより大きな宝石を見て驚いている姿が描かれていた。


「スフィアの心臓と呼ばれる宝石でな。手に入れたものは大陸を支配できるほどの力を得るとかなんとか」

「こんな大きな宝石、どうやってダンジョンから持ち出すつもり?」

「さぁねぇ、こんな婆には想像もつかないねぇ。あんたならできそうな気がするんだがねぇ」


 おばあちゃんの目が急に深みを増し、俺を値踏みするような視線を送ってきた。

 心拍数も体温も変化ない。だが、先ほどまでの彼女と何かが違うような気がする。


「ささ、夕飯の準備をしなくちゃならん」


 ほどなくして視線を外したおばあちゃんは、店じまいを始めてしまった。

 夕陽も完全に沈みかけており、関所の中を松明が囲う。旅人も冒険者もご飯を食べ酒を飲む時間。暖かな空気がとても心地よい。


「さて、俺も宿を探すか」


 アランから貰ったお金――ネームタグを握りしめ、関所の奥へと向かう。なんだか修学旅行を抜け出した気分で高揚している。超能力を使えようと、本質は右も左もわからない日本の高校生からほとんど変わりないのだから。



 ◇



 関所の中で最高級の宿を選んだ。滅多に選ばれることがないらしく、「本当に大丈夫ですか? その、お金……」と受付の男性に心配されたので先払いしておいた。普通の旅人や冒険者は装備やアイテムにお金を注ぎ込むらしく、宿はなるべく安いのを選ぶのだとか。


「それにしても、異世界でふかふかのベッドを楽しめるなんて思ってもみなかったな」


 静かな時間を楽しんでいると、ふいに涙が零れ落ちた。

 もう二度と家族とは会えない。それどころか、家族の記憶から俺という存在は一切消えてしまった。自分で決断した事だが、あまりにも辛すぎた。


 当たり前に神坂ハルを家族として認識してくれていた。その事実があまりにも愛おしく切なかった。

 今になって考えれば、俺はアランに本気で父として旅に同行して欲しかったのかもしれない。


「こんなんじゃ駄目だ。前向きに生きなきゃ」


 自分を鼓舞したタイミング。扉をコンコンと叩く音が響いた。


(こんな時間に女性? 武器は持っていなさそうだけど)


 念力と赤外線解析サーモグラフィで扉向こうの人物像を浮かび上がらせる。

 スタイル抜群でかなり引き締まった身体。間違いなく冒険者か兵士、しかもかなり手練れの。


「……用件があれば扉越しに聞く」


 web小説の転生系主人公なら無防備に開けるかもしれないが、超能力を使える以外はただの高校生である俺にはあまりにも怖すぎた。敵意がないとすれば、それはそれで意味が分からなくて怖い。


 扉向こうの女性は、少し悩んだ後、冷静な口調で答えた。


「大きな声では話せないので、中に入れて頂きたい」


 予想範囲内の答えに俺は溜息を吐いた。

 流石に疲れたから休ませて欲しいのだけど。


「鍵は開いてるから好きにしてくれ」


 俺の返答に対し、女性は即座に扉を開いた。

 この無遠慮な対応、あまり好きになれないタイプだ。


「失礼する」


 身体の起伏に沿ってピッタリ張り付くほど柔らかな銀髪。腰まで伸びたそれは、見る者の視線を絡めとって離さない。

 ネグリジェという奴だろうか。絹のような生地は薄く、女性らしさを十二分に溢れさせている。しかし、日本ではほとんど見た事がないレベルの胸の大きさに思わず目線を外してしまった。こちとら彼女すらいた事ない純情な青年なのだから仕方ないだろう。


「私の名はエレノア・リクティス。関所より向こうの神聖スフィア王国で冒険者パーティのリーダーをしている」


 背筋が伸びるような凛とした声に、思わず起き上がってしまった。

 目を合わせると、碧眼の深みに吸い込まれそうになる。


「近くで見るとまだ少年なのだな」


 微笑み、という言葉はこういう表情の為にあるのだと再認識させられた。

 目を細めた事で瞳が潤み、真白な肌がわずかに赤らむ。


「悔しい……」

「えっ、あっ、す、すまない! 子ども扱いするなんて失礼にもほどがあった」


 慌てるエレノアに対し、俺は口の端を噛みしめる。


「違う。違うけど、言いたくない……」


 とてもエッチな姿で現れたのに、ドキドキするよりも先にエレノアの美しさに心を奪われてしまったのだ。健全な少年として敗北以外の何物でもない。


「よく分からないが、気分を害したなら心より謝罪する」

「謝られたら余計惨めになる!!」

「そ、そうか。なら謝るのはやめておこう」


 ファンタジー小説は読み漁ったつもりだった。先人(主人公達)よ、あんなにすぐヒロインとコミュニケーションをとれるなんてお前ら全員リア充だったのか、爆発しろ!


「……あ、怒りに変換したら落ち着いてきた」

「君は面白い人なんだな。良ければ名前を教えてくれないか」

「カミサカハル。異世界人だ」

「カミサカハル……どこを切り取って呼べばいいだろうか?」


 カミサ、ミサカ、サカハルと色々な呼び方を試すエレノア。綺麗なお姉さんに可愛さ属性まであると心が持たないんですが!?


「ハルと呼んで構わない。立ったままでは話しづらいだろうし、適当に座ってくれ」

「ああ、すまない。失礼する」


 と、エレノアはあろうことか俺の隣、ベッドの上に座った。


「は、はぁ!? なななな、なんでここに座るんだ!?」

「君が座って良いと許可を出したのでは?」


 きょとんとするエレノア。

 もしかして、そういう事なのだろうか。


「あ、あの、用事ってもしかして……」

「ああ、聡明な君なら察しがついているだろうな」


 先ほどよりも近い距離でエレノアの碧眼が俺を捉えた。

 浅瀬の海かと思えば、瞳の奥はどこまでも深く続いている。

 薄布から零れ落ちそうな胸とか、陶器のような艶やかな太ももとか、他に目線を落とす場所はいくらでもあるというのに、ただ彼女の瞳をジッと見つめ続けてしまう。


「お、俺に貴方を満足させることは――」

「私と一緒にダンジョンに潜って欲しいのだ!」


 エレノアの方が若干声量が勝っていた。俺は舌を噛む千切る勢いで自分の恥ずかしい黒歴史を強制シャットアウトする。というか若干噛み千切ったが即座に修復した。超能力万歳。


「俺とエレノアが一緒にダンジョンに?」

「ああ、どうしてもハルじゃなきゃダメなのだ」


 エレノアは切羽詰まった表情で俺の手を取った。この世の物とは思えない細くしなやかな指が俺の指と絡まっていく。


「お互い冒険者、本来なら依頼を通さねば違法として罰せられる事案」


 ギルドは依頼を仲介して手数料を得る代わりに冒険者のサポートをしている。冒険者同士で依頼し受ける場合でも、例外にはならない。


(初耳だけど、知っていた事にしよう)

 

 黙って頷いていると、エレノアが頬を赤らめながら、


「だから、その……なんだ、私達が一線を越えた仲なら問題は解消される」


 と、俺の頬を触りながら言った。

 どうやら、予想外に予想通りの展開だったようだ。自分でも何言っているか分からない。


「こ、こう見えても私は冒険者として実力がある。ハルが冒険に出なくても養っていける自信もな。料理も得意だし、掃除や洗濯も苦とは思わない。夜の営みは、その……未経験で何とも言えないが、君を満足させ――」


 トン、と。エレノアの額を指で突いた。神経を通して念力を送り意識を奪う。

 ゆっくりとベッドに倒れ込み、小さな寝息を立てる美女。 


「なんだよ、これぇ……」


 童貞にはあまりにも過酷すぎる状況に、俺はただただ頭を抱えるしかできなかった。

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