エレノア編

第5話 初めての冒険者ギルド


 異世界人が出国するなら冒険者になるのが手っ取り早いらしい。

 皇子のような高い身分の人物に安全を保証してもらう術もあるが、大体奴隷扱いになる為おススメはしないとアランは言った。


 彼の案内で冒険者ギルドに辿り着く。もちろん大陸共通のギルドだ。あんな皇子のいる国のギルドなんて信用ゼロだからな。

 中に入ると、溢れんばかりの冒険者が受付や交流所、依頼センターや酒場に集まっていた。種族も様々で、耳の長い冒険者や鱗の肌を持った冒険者もいる。


「大陸ギルドスフィアへようこそ!」


 奥へ進むと受付のお姉さんが元気よく叫んだ。

 どうやらアランを見てガラミズも現れると思ったらしい。アランが「今日は皇子が来る予定はない」と耳打ちをすると、露骨にテンションが下がった。


「えーっと、それで今日は何の用でしょう?」

「この青年、カミサカハルの冒険者登録をしたい」


 と、受付嬢に書類を提出するアラン。

 書類を確認していく受付嬢だったが、途中の項目で「んん?」と首を傾げた。


「魔力ゼロと書いてあるんですが、何かの間違いでしょうか?」


 その瞬間、ギルド内にいた冒険者達がシーンと静まり返った。「魔力ゼロ?」「魔力がない?」と小声で囁いている。


「ああ、公認鑑定士による鑑定だ。彼の魔力はゼロだ」


 その瞬間、ギルドが爆発したのかと思った。

「ドッ」と笑いが起き、人々が俺を指差した。


「ま、魔力ゼロって、人じゃねぇだろ!」

「くっくくく、役立たずは帰って寝ろよ」

「そんな可哀そうな人、本当に存在したんだ」


 口々に悪態を吐く冒険者達。

 流石は死と隣り合わせの職業と言ったところか。気を遣うという概念がないようだ。


「ハル殿、申し訳ない。別室を用意すべきだった」

「別に良いよ。彼らに認めてもらうつもりなんてないし」


 俺は本心からどうでも良いと思っていた。

 魔力がゼロという事実だけで差別や油断する冒険者など怖くもなんともない。


(本当に警戒すべきはあの端っこにいるような……)


 こちらをジッと睨みつけて、品定めをしている女性冒険者。二階からボーっとこちらを見ている男性冒険者など、俺の評価を決めかねている人物たちだ。


「アラン様のご紹介なので冒険者の登録テストを受ける事は可能ですが……」

「もちろん受けます」


 即答する俺に受付嬢は苦笑いを浮かべながら「では、あちらへどうぞ」と、右手奥の通路を進むよう促した。

 面白い見世物が始まると、他の冒険者達がぞろぞろと付いて来る。


「ハル殿、テストはギルド職員と模擬戦をする事ですが、その……」


 アランは最後の言葉を濁した。俺は彼の肩をポンと叩きながら、


「大丈夫だって。これだけの同業者に見られている状態で手の内を見せたりしないから」


 欲しいのは出国する為に必要な冒険者の証明書だけ。F級だろうがA級だろうがどうでも良い。


 俺はこの世界を楽しめれば、地位や名誉なんて興味ない。


 サッカーコートのような長方形の空間に出ると、腕を組んで待ち構える男性がいた。筋肉質なおじさまは木刀を腰に差して俺を睨んでいた。


「俺はギルド職員のゴードンだ! 貴様か、魔力ゼロなのに冒険者になろうとしている無謀な少年は!!」


 木刀の間合いまで近づくと、ゴードンはギルド中に響き渡る声で叫んだ。

 何事かとさらに観客が増えていく。


「良いか! 大陸共通ギルドはスフィア全ての冒険者を管理運営している! つまり、足手まといの入る余裕などない!!」


 ハッキリと拒絶するゴードンに清々しささえ感じた。

 日本で受け入れ拒否された事なんてほとんどなかったから。


「だが、試験は試験だ! 俺はただの職員だからな! 貴様にも受ける権利はある!」


 木刀を抜くゴードン。立ち姿は隙がなく強そうだ。


「俺に出来る事は貴様が二度と夢を見れないように、立ち上がれないように徹底的に痛めつける事だけだ! 今なら逃げる事も出来るがどうする!?」


 彼なりの優しさなのだろうか、俺に試験の撤回するチャンスを与えている。

 周囲の冒険者達が「に・げ・ろ! に・げ・ろ!」と声を揃えて叫んだ。異世界でもこういう文化はあるらしい。


「試験の合否はどうやって決まるんだ?」


 礼儀の知らない相手と丁寧に会話するつもりはない。

 今までのゴードンの言葉を無視して質問をする。彼はムッとしたが、苛立ちを抑えながら答えた。


「一分間の行動でランクが決まる。一分以内に意識を失えば試験は失格だ」


 ゴードンの心拍数が少し高まった。嘘や隠し事をしている挙動だ。彼のような単純な筋肉バカは分かりやすい。


(本来、試験官は攻撃しないとかなんだろうな)


 考えれば分かる。冒険者と言っても全員が戦闘タイプではないのだから。

 魔物と出会ったら逃げる選択肢だってあるはずだ。ましてや冒険者が対人戦などする必要もない。


「分かった。ゴードン、アンタの準備が出来たら始めよう」


 俺の言葉にゴードンが顔を赤くした。


「おまっ、ぶっ……武器くらい持たんか!!」


 舐められていると勘違いしたんだろう。怒りを露わにするゴードン。

 どこまでも自分本位な奴だ。いっそ痛い目に遭ってもらおうか。


 中学時代に「お前は勉強が足らん!」「ちゃんと真面目に授業を受けろ!」と怒鳴り散らかしてきたレッテルジジイ教師に見えてイライラしてきた。テスト全科目高得点でお返ししてやったら「俺のおかげだ!」と顔を真っ赤にして去って行ったが。


「良いから始めてくれ。時間が勿体ない」

「……こ、後悔するなよ!!」


 ドンッとゴードンの足元にクレーターが出来た。

 魔力で身体強化をしたのか、あっという間に間合いを詰めてきた彼は力の限り木刀を振り下ろす。


(さて、できるだけ分かりやすい勝ち方をする必要があるよな)


 スローモーションの世界で木刀の軌道を回避しながら、俺はこの後の動きを模索する。超能力を使った無数の勝ち筋が見えているのだが、どれも分かりにくい勝ち方になってしまう。


 例えばアキレス腱を切る方法が一番簡単だろう。

 バチンと派手な音がした後、ゴードンは無様に倒れ込むはずだ。立ち上がろうとする彼の顔を思い切り蹴り上げれば、勝ちが確定する。


(だけどゴードンも観客も認めないだろうな……)


 魔力ゼロの俺がゴードンの動きを止める事などできない。そう信じて疑わないはずだ。だから、身体内部への攻撃は全て試験無効とされてしまうはず。


(だったら念力で派手に吹き飛ばすか?)


 論外だ。

 それこそ、誰かに魔法を使ってもらってズルをしたと非難してくるだろう。非力そうな青年が筋肉の塊であるゴードンを吹き飛ばせるはずがないのだから。


「な、避けただと!?」


 かなり長考してしまったようだ。ゴードンの一振りが地面を叩く。

 回避されたことに驚きを隠せないゴードンに対し、仕方なく蹴りを繰り出しておく。もちろん念力でダメージ強化も忘れない。


「ぐぅううっ!? その軟弱な身体でこれほどの威力を!?」


 くの字に折れるゴードンを見て、観客が「おお!?」と声を上げた。

 どうやら近接格闘に持ち込むのが最適解のようだ。


「今のはたまたまだ!」


 もうすっかり試験官である事を忘れたゴードンが、木刀を横に振り抜こうとする。


 スパァァァンッ!


 俺は腰を深く落とし、正拳突きの動きで木刀を粉々に砕いた。

 破壊しきれなかった剣先が後方に飛んで行ったが、念力で無理やり地面へと落としておいた。これで観客に被害はないだろう。


「な、何が起こって……」


 呆然とするゴードンに対し、俺は眼前へと拳を突き出す。


「まだ続ける?」

「ひっ!?」


 木刀を粉々に砕く拳が目の前に迫ってきたのだ。

 ゴードンの反応は仕方がないと思う。だが、血気盛んな冒険者達にとって彼は情けない男として映ったらしい。ブーイングと罵倒の嵐が彼を襲った。


「国が人を腐らせるのか、人が国を腐らせるのか」

「ハル殿には最初から最後まで本当に申し訳ない……」


 アランが小声で俺に謝罪する。最初こそ印象は悪かったが、根は良い人みたいだ。

 ガタガタ震えているゴードンに近づき、声をかける。


「冒険者のクラスはどうなるのかな?」


 人は未知なる存在を恐れる生き物だ。想像力の豊かさが文明の発展に繋がっている。だからこそ、魔力ゼロで魔法のような力を使う俺が化け物に見えるらしい。


「お、俺の権限で最高クラスのCクラスだ!」


 だからさっさと帰ってくれ。ゴードンはそそくさと逃げ出してしまった。

 試験場を去る時、多くの冒険者から「一緒に冒険をしてくれないか!?」とか「さっきの力を使える装備を売ってくれ」とか声を掛けられまくったが、アランが睨みを効かせてくれたおかげで相手する必要はなかった。



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