第4話 初めての対魔法使い
「俺の名はユリウス! A級魔法使いにして火炎魔法専門のスペシャリストだ!」
ユリウスは大声でマウントを取った後、杖の先端にくっついている宝玉をベロリと舐めた。剣じゃなく杖でもやる人いるんだ。
続けてガラミズが二階から大声で叫ぶ。
「ユリウスは我が国でも有数の魔法使い! 魔力ゼロの貴様など一瞬で消し炭にしてくれよう!」
状況有利が自分達に傾いたと感じたのか、臣下達もガラミズの近くで強気な態度を取り始めた。中には親指で首を搔っ切る動作をしている者もいる。そのジェスチャーをこっちの世界に布教した馬鹿がいるらしい。
(……さて、魔法使いを敵にする状況は想定外だったな)
銃やミサイルなど、近代兵器と戦う状況は何度も何度もシミュレートしてきた。
空手などの格闘技も、クマやトラなどの肉食動物の対処法も無数に考えてきた。
だが、流石にファンタジー世界へ転移するとは考えていなかった。
地球から別の世界に転移すると言っても、似たような世界を見つけるつもりだったからだ。
「火の精霊フィエロウィエロ! 我に力を与えたまえ!」
ユリウスが杖を前に掲げて呪文を唱えた。
この世界の標準なのか分からないが、魔法は呪文を通して使うらしい。
魔法に興味があったので呪文を最後まで聞いていたが、先手必勝で倒してしまうべきだったかもしれない。
屋敷の中だというのに、ゴォゴォと燃え盛る火炎球がユリウスの右手を起点に上下していた。
「ふはははっ! 焼き尽くせユリウス!」
「御意! 覚悟しろこの不届き者が! 喰らえ! 中級魔法フレイム!!」
早口で言葉を捲し立てながら、ユリウスの右手から火炎球が射出された。
巨大な熱の塊がこちらに向かって真っすぐ飛んでくる。急いで右方向に走ってみるも、火炎球は標的である俺に向かってカーブを描いた。
(誘導システムも搭載しているなんて便利な力だな、魔法は!)
超能力が念力で火炎球を操る場合、真っすぐ飛ばす事は簡単だ。指定する方向に力を解放してやれば良い。
だが、ランダムに逃げる標的を追いかける場合は膨大な量の計算式で『追尾システム』を搭載するか、標的に当たるまで念力を書き換え続けなければならない。
いずれにせよ、脳が焼き切れるくらい膨大な処理が必要。
「逆に言えば、魔法だってそんな便利な力ではないだろうに!」
魔法を理解する為、床の一部をはぎ取ってユリウスの視界を遮る。
「なっ!? ま、前が見えない!?」
驚いているユリウスとは対照的に火炎球は俺の動きに合わせて進路を変更し続けた。
(魔法を発動した者に依存していないのか!?)
つまり、ユリウスが発動した時点で魔法は彼の手から放れており、標的である俺を追いかけ続けるシステムという事。
「だったらこれはどうだ!?」
身体に運動エネルギーを加え、猛スピードで兵士の後方へ飛び移る。俺と火炎球のちょうど中間地点に兵士がいる距離だ。
本当に俺を追尾するシステムなら兵士を避ける為にカーブを描くだろう。
だが、火炎球は兵士の鎧にぶつかると巨大な破裂音と共に彼を吹き飛ばした。
俺は盾代わりに使った罪悪感から、兵士を受け止めてその場にそっと倒れさせる。
「ちぃっ、ちょこまかと動きやがって!」
ユリウスが悔しそうに叫んでいる。
魔法が本当に標的に合わせて追尾するシステムなら途中で兵士に当たった事を驚くはずだ。
(魔法故の雑さってやつか、それとも……?)
もう一つ気になるキーワードは『火の精霊フィエロウィエロ』。
ファンタジーの世界なのだから火の精霊がいてもおかしくはない。ユリウスの声と魔力に反応し、火炎球を形成してもおかしくはない。
だが、途中まで追いかけていた標的を間違えるなんて事があるだろうか。
「次こそは当てる! 火の精霊ヴィっ!?」
ユリウスの口上を二度も待つつもりはない。
火炎球が破壊した鎧の一部を鋭く研いで彼の喉元に放ったのだ。
「あ、あがっ、あががっ」
真っ赤な噴水を撒き散らしながらユリウスが背中からドタンと倒れた。
メイド達が悲鳴を上げて目を逸らし、臣下達の顔が絶望に染まっていく。
一方でガラミズだけは怒りを隠すことなく顔を赤くしていた。
「我のお気に入りを壊しやがって!」
ユリウス個人はどうでも良さそうな言い回しに臣下達も呆れ返っている。
「こいつを買うのにいくらかかったと思っているのだ! 上級魔法使いなどいつ手に入るか分からないのに!!」
「ユリウスの安否はどうでも良いのか?」
俺の質問にガラミズは苛立ちを募らせた。
「魔力ゼロの異世界人一人殺せないクズなど興味ない! 汚い死体をさっさと屋敷から放り出……せ」
ガラミズの言葉が尻すぼみになっていく。
それもそのはず、死んだと思われていたユリウスがゆっくりと起き上がったからだ。
「し、死んだはずでは!?」
驚くガラミズと臣下達を無視して、ユリウスが俺を睨みつけた。
「どうして殺さなかった?」
「命令されただけのあなたに恨みはないし、そもそも人殺しなんて簡単にするものじゃないだろう」
「くっ、くくく、その通りだ、な」
ユリウスは笑いながら右手を上げ、火炎球をガラミズに向けて放った。
ボンッとガラミズの頭に直撃し、二階の踊り場からゴロゴロと転がり落ちる。
「呪文、唱えなくても使えたんだ」
「生かしてくれた礼だ。精霊と契約した者は頭の中で呪文を唱える事が出来る。わざわざ呪文を唱えていたのは魔法を知らない異世界人に先手を取る為だ」
ついでに言えばバカっぽく振舞っていたのも油断を誘う為だ。
と、ユリウスは付け加えた。
「本来ならお釣りを貰えるレベルの情報だ。借りは返したぜ」
ユリウスは血で染まった胸元に左手を当てると、『
「火炎魔法の専門家ですらなかったのか」
「ついでに言えばA級ってのも嘘だ。本物の情報はユリウスって名前だけ」
最初から嘘の情報で溢れさせていたのか。面白い人だ。
「このバカ皇子の母親に頼まれて用心棒になってはいたが、王位継承の器じゃあなさそうだし、愛想尽きた。俺は行くぜ」
と、あっという間に去って行った。
本来なら種明かしも嘘の可能性は残っているが、ユリウスはそんなタイプではないように思える。いや俺自身がそう信じたいだけかもしれない。
□
ようやく出国に必要な書類を揃えたアラン。屋敷の扉を開いた瞬間、顔面大火傷のガラミズを見て腰から崩れ落ちた。経緯を説明すると「ユリウス様も失ってしまったのか、このグズ皇子」と誰にも聞こえない声で悪態を吐くイケオジ。聴力強化で俺に聞こえてますよ、それ。
「この身分証は大陸ギルドを通してますので、スフィアの国ならどこでも入国可能です。もちろん自国でも歓迎しますが」
最後の交渉がとても小さな声で付け加えられたが、今回は聴力強化していないので聞こえなかった事にする。
俺は満面の笑みで答えた。
「別の国に行きます」
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