第3話 皇子の一人は大体クズ 


 王宮から少し外れた場所に位置する屋敷の中。


「おお、ついに我が国にも異世界人が召喚されたのか!」


 草原に転移した俺を兵士がすぐさまここに連れてきた。どうやら異世界人が現れる場所を当てる魔法があるみたいだ。

 ずんぐりむっくりの皇子が俺の顔を見ようと踊り場に現れた。食事に執念があるのか、脂肪を蓄えた体は油分で荒れ果てている。目は細く息は荒い。

 豪華な服と大勢の臣下を従えて威厳を保とうとしているが、余計に哀れに見える。


 俺の両脇で槍を構えていた二人の兵士がグッと肩を掴んだ。


「頭が高い!! ギルディアの第三皇子、ガラミズ様の御前だぞ!!」


 屈強な男達が全力で俺の頭を抑えつけようとした。

 鍛え抜かれた彼らの力に勝てるはずもなく、大抵の異世界人は地面に頬ずりするしかないだろう。そう、普通ならば。

 

「お、おい、なんだこれ」

「なんでビクともしないんだよ」


 超能力で彼らの力を地面に分散しただけなのだが、説明しても分からないだろうな。


 「貴様、我がギルディアの第三皇子、ガラミズだと知っての狼藉か!」


 先ほど臣下が俺に叫んだ紹介文を、本人がそのまま読み上げる。後方でメイドが息を漏らして肩を小刻みに揺らしていたが、ガラミズ本人は興奮していて気づいていない。

 

「異世界人ですので、この世界の礼儀も知らなければ、貴方が誰かも分かりません」


 俺は思った事をそのまま口にした。

 言語の通じる相手に一定の敬意を払うつもりだが、誰かに媚びへつらうつもりは一切ない。


「ええい生意気な奴だ! 鑑定士! 魔力鑑定の結果は!?」


 どうやら許可なく俺の魔力を鑑定していたらしく、ガラミズの隣にいた白髪の老人が困ったような表情で答えた。


「えっと……………………魔力が見当たりませぬ」


 どう説明すれば良いか分からなかったのだろう。

 老人は吐く言葉を迷いに迷った結果、ありのまま伝える事にしたようだ。


「は? 魔力がない、だと?」


 エイリアンと遭遇した時のような顔を俺に見せるガラミズ。

 残念ながら老人の言葉は真実だ。俺の身体に魔力は存在しない。


「……ハ、ハハ、ハハハハハハハッ!」


 かなり遅れて老人の言葉を理解できたのか、ガラミズは限界の声量で俺を嘲笑った。さらに遅れて臣下が愛想笑いを大袈裟に浮かべていた。


「異世界人。残念だったなぁ!? この世界は魔力がなければ何もできん!」


 魔力がない者は危険性もないと判断したのだろう。ガラミズはズカズカと俺に近づき髪の毛を思い切り掴んだ。


「お前はスライム以下のクズ野郎だ! 我を愚弄した罪で処刑してや――」


 言葉を最後まで吐かせるつもりはなかった。

 念力でガラミズの気道を思い切り締め上げる。言葉を吐くどころか息すらできない状況に、皇子は目をひん剥いて首をガリガリと搔き続けた。どこかの症候群が発症したみたいだ。


「なっ、き、貴様がやったのか!?」

「だ、だがこいつは魔力がゼロで……」


 俺を押さえつけている(と思っている)二人が、慌てている。


「こ、こひゅっ、こひゅーーーっ」


 殺すと面倒に巻き込まれそうなのでギリギリ息が出来る状態のまま、力を維持しておく。


「と、とにかく貴様は牢獄に連れて行く!」

「大人しくついてこっ!?」


 いい加減苛立っていたので、両脇の兵士二人は念力で吹き飛ばす。屋敷の壁を打ち破って外に転がっていった。


 超能力に目覚めて数年。

 初めて他人に力をぶつけたが、ムカつく奴をぶっ飛ばすのは気持ちが良いものだ。


 もう引き返せない状況にあるので、遠慮せず交渉する事にした。

 気道を解放すると、待ってましたと言わんばかりにガラミズは何度も何度も大きく呼吸した。


「ぎ、ぎざまがやったのが!?」


 嗚咽交じりで聞き取りづらかったが、俺は満面の笑みを見せた。否定も肯定もしない。


「びぃっ!?」


 笑顔が怖かったのか、ガラミズはそそくさと臣下の背中に隠れてしまった。


「この中でアイツの次に偉い奴は誰だ?」


 ガラミズを指差しながら訊ねると、彼の隣にいた初老の男性が一歩前に出た。ローマ時代にいそうな服を着たイケオジだ。


「私はギルディア評議会の議員アランでございます。この度は失礼な態度を取りましたことをお詫び申し上げます」


 謎の力の正体が分からない以上、下手に出るしかないと判断したのだろう。なかなか優秀な部下を持っているじゃないか、このデブ皇子。


「いくつか聞きたいことがあるけど良いかな?」

「何なりと」


 丁寧な言葉遣いの相手にはこちらも少しだけ丁寧に接する。

 アランも話が通じると分かってくれたのか、少し緊張感が解けたように見えた。


「まず、どうやって俺を見つけたんですか?」

「探知魔法を使える者がおります。異世界人を保護する為の措置でございます」

「だったら何故、俺を押さえつけた? 他の異世界人にも同じことをしてきたのか?」

「言い訳の仕様もございません。ガラミズ様の意向は国王の意向と同じでございます故、反発など出来ましょうか」

「皇子に責任を押し付けるなんて、アンタ腹黒いな」

「………」


 図星を突かれたのか、アランは怯えた表情で俯いてしまった。隣にいるガラミズの表情が怒りに満ちていたせいもあるだろうが。


「ちょっと、悪いけど皇子は消えててくれるかな」


 彼に興味はなかったので、念力で二階の奥へと吹き飛ばした。

 ゴロゴロと転がっていく皇子を大勢の臣下とメイド達が必死に追いかける。


 残ったのは二人。

 俺を鑑定した老人とアランだ。

 

「これで本音の会話が出来るかな?」

「この年齢になって自らの未熟さを恥じております」


 アランは頬を赤らめながら、悔しそうに言った。

 イケオジの照れる姿は萌えすら感じるから困る。


「異世界人に対する仕打ちはガラミズが例外なのか? それとも――」

「が、ガラミズ皇子が例外中の例外でございます!」


 その言葉が本当なら、楠木が酷い目に遭っているなんて状況はなさそうだ。


「魔力がないと人として扱われないの?」

「それは……異世界人に限らずこの世界では魔力の高さが人としての評価基準となっております」


 理不尽な対応ではないという事か。これからも魔力ゼロを差別され続けるのかと思うと辟易する。

 

「この世界って冒険者ギルドとかあるの?」

「ええ、もちろんでございます。自国がそれぞれ運営しているギルドと大陸共通ギルドの二種類ありまして、ギルディアギルドは大陸ギルドより素材の買い取り額を高く設定させていただいております」


 大陸にはダンジョンが無数に存在し、攻略する事で稼ぎを得る。地上で暴れ回る魔物を狩る事で稼ぎを得る。馬車の護衛をしたり、土地の開拓を見守ったりすることで稼ぎを得るなど、冒険者とは幅広い職業だとアランは説明した。


「依頼の難易度は依頼主と大陸ギルドで設定され、高ければ高いほど依頼料も跳ね上がります。依頼は成功を前提に成り立っておりますので、難易度に相応しい冒険者しか受けられない仕組み『ランクシステム』を採用しております」


 異世界人が発案したシステムらしく、Aクラスの上はSクラスである事からも地球人転生者の入れ知恵だろう。先にここに来たオタク君、君は分かっている。


「ところで、あの皇子の所為でこの国から離れたいんだけど、良いかな?」

「もも、もちろんでございます! すぐに必要な書類を発行いたします!」


 アランは深々と頭を下げた後、猛ダッシュで屋敷から出て行った。

 しばらく待っていると、バァンと屋敷の扉が開かれた。


「おいおい、うちのお得意様に暴力振るったバカはお前か?」

 

 現れたのはローブを羽織った赤髪の男で、俺を見るなり杖を抜いた。


「皆の者! この反逆者を生きてここから出すでないぞ!!」


 ガラミズの合図で臣下達も武器を取り出し、敵意を露わにする。


「……アランが帰ってきたら卒倒するかもな」


 

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