第2話 どうやら転生ボーナスは貰えないらしい
「彼はその……………迷い込んだ猫、でしょう」
女神と呼ばれた金髪の女性は言葉を探した後、俺の事を迷い猫と呼んだ。
つま先から頭の上までジロジロと品定めされたが、女神ですら俺の事を理解できなかったようだ。
「迷い込んだ猫、ですか」
少女はとても真面目そうな、学級委員に迷わず立候補しそうな奥ゆかしさがあった。腰まで伸びた黒い髪は女神ほどではないけど、とても綺麗だった。
「少し、待っていてください」
と、女神が右手の平を少女に向けた。
「えっ」と言葉を詰まらせた後、少女は石膏像のようにカチンと固まってしまった。心音も血流の音も消えた事から、女神が少女の時間を奪ったと分かる。
女神は音もなく立ち上がり、こちらを向いた。
背筋が凍るほどの強大な力が俺を捉えようと伸びてくる。
「ひっ……」
サッと後ろに跳び上がり、女神の力を紙一重で避ける。
力は少し停まった後にガバッと勢いを増して襲い掛かってきた。
さらに避けると、今度はフェイントを混ぜたり後方に回り込んだりしてくる。
「いい加減にしなさい!!」
と、女神が澱みない声で叫んだ。叫び声がこれほど美しいと逆に面白い。
「貴方に敵意がない事は分かっています。なればこそ、世界にとって危険でない事を証明して見せなさい」
至極正論だった。
世界を動物の身体に例えるなら、俺は間違いなく外界から侵入してきたウィルス。
しかも皮膚を突き破って体内に飛び込んできたのだから、バランスを保つ存在が過剰な防衛反応に出てもおかしくない。
「……従います」
両手を広げて立ち止まる。
恐ろしい力がつま先から膝へと登ってきた。流石は女神、触れると意外に心地よい。というか快感さえ覚える。
女神は少し困ったように眉をしかめ、さらにしばらく迷った後、大きな溜息を吐いた。
「貴方の存在を認知しましょう、神坂ハル。そこに座りなさい」
と、女神は右手を伸ばして椅子を召喚した。
机の上にはいつの間にか紅茶とお菓子も用意されている。
恐る恐る座ると、隣の少女が意識を取り戻し「えっえっいつの間に!?」と戸惑っていた。女神が紅茶を進めると彼女は一気に飲み干して「ふ~」と蕩け顔に変化する。何だ、この可愛い生き物。
「
女神がニコリとほほ笑み、言葉を続けた。
「私は人族の住まう大陸スフィアを見守る女神スフィア・レイスです。レイスとお呼びください」
「はい! レイス様!」
楠木が目をハートにして女神の名前を呼ぶ。
敬虔な信徒が出来て良かったですね、女神様。
「貴方達がこれから新しい人生を歩む世界の名はグランフィアラ。自由と平等に愛された素晴らしい世界です」
レイスが楠木の前にカードを三枚、滑らせた。
・転生
・転移
・使徒
漢字で書かれたカードを見て、楠木は右手を目の辺りまで持ち上げてクイと動かした。どうやら以前は眼鏡をかけていたらしい。
「翠に用意された道は三つ。スフィアの大陸に新たな種族として生まれ変わる道、その状態のままスフィアに転移する道、あと一つは――」
女神の使徒としてここで暮らす道、とレイスは三つの道を提示した。
いずれにせよ女神の寵愛、いわゆる転生ボーナスを用意するとのこと。
楠木はしばらくカードを眺めた後、転移のカードを手に取った。
「私、前世では自分の事が大嫌いでした。ブスだし要領も悪いし、真面目だけが取り柄で何にもできない駄目な奴だと消えてしまいたかったんです」
でも、と楠木は涙を浮かべながら微笑んだ。
「あの子を助ける為に無意識に動いたこの身体を少しは好きになれそうなんです。だから今の私を、楠木翠をレイス様の世界に受け入れて貰えないでしょうか」
彼女は誰かを助けた為に死んでしまったらしい。
良い奴は幸せになるべきだ。俺は心の中で彼女を応援する。
「そうですか。使徒のカードは死後も有効です。スフィアでの人生を謳歌した後、また話し合いましょう」
使徒のカードが浮かび上がり、楠木の身体に溶けて消えた。転生のカードは静かに消え、転移のカードが虹色に光り輝く。
「貴方への転生ボーナスは『
カードから溢れる光は楠木を包み込む。
彼女は俺の方を見て「ばいばい」と小さく手を振った。正直な所、惚れる寸前だった。
「さて、神坂ハル。貴方の選ぶ道は一つ」
レイスは一枚のカードを俺の前に滑らせた。
美しい薔薇で飾られたカードをゆっくりと捲る。
「えっ」
背面の美しさとは対照的に、表面は何も書かれていなかった。真っ白。
「貴方の魂を調べましたが、哀れになるほど魔力の素養がありません。転生する為には少しばかり魔力が必要だというのに」
「だったら転生ボーナスで魔力を付与してもらうとか……できませんかね?」
レイスは瞳を閉じて小さく首を振った。
「そもそも、貴方に転生ボーナスはありません。理由は分かりますよね?」
「……招かれた存在ではないからです、はい」
さっきから正論ばかりで理不尽な所が一つもない。悔しい。
「せめてもの情けです。人族の住まうスフィアに転移させてあげましょう。どの大陸よりも安全な場所です。好きに生きるが良いでしょう」
女神が俺に向かって右手を伸ばす。
「し、使徒のカードは貰えませんかね?」
俺の質問に女神はニコリと笑い、
「双月の導かれるままに」
と粋な台詞を残した。
光で視界が真っ白になり、だんだんと暗くなっていく。
何はともあれ、別世界に跳ぶという当初の目的は果たせたようだ。
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