魔力ゼロですが、超能力で最強冒険者を目指します。
阿良あらと
第1話 さよなら俺の愛した世界。
ついに。
ついにバレてしまったのか。
「……落ち着け。大丈夫だ」
深呼吸の後、心を落ち着ける為に状況を整理する。
深夜一時。閑静な住宅街の一角。
一軒家二階の角部屋で漫画を読んでいた俺、
定期的に飛ばしている波動――念力の一部が家の周りに異常な数の人間を捉えた。
その数、51人。
いずれも殺傷能力の高い武器を所持。
「透視は犯罪とか言ってないで練習しておけば良かった」
今更泣き言を漏らしても遅いよな。
俺は押し入れに駆け寄るとタンスから数枚の服を引っ張り出す。
分子構造から改造しまくった緊急用戦闘服。防弾チョッキの何倍も性能が良い。
「急げ急げ急げ」
向こう――日本の政府機関か何かだろう、隠密に済ませたいらしい。
音を立てないようにゆっくりと近づいてきている。こちらとしては好都合だ。
中学二年生の夏。俺は超能力に目覚めた。
ちょうどその時期はセカイ系のアニメが流行っており、オタク街道を歩き始めていた俺はすんなりと事実を受け入れる。
幸運な事に承認欲求――いわゆる誰かに見せびらかしたいという気持ちは生まれなかった。大好きな漫画のキャラクター達が何度も失敗しているのを見てきたおかげだろうか。
初めは念力の訓練から。
身体能力の引き上げ、
「なるほど、検索履歴から引っかかったのか」
日本の高校生など世界にとって取るに足らない存在だろうと油断していたようだ。
だが仕方ない事だと自分を慰める。超能力については一切誰にも、家族にすら存在を隠してきた。逆に言えば誰からの助言無しで何もかも上手く行く訳がない。
「よしっ」
全身黒で統一された戦闘服に着替えると、最後に黒のロングコートを羽織る。カッコいい主人公は黒のロングコートを羽織って当たり前なのだ。
「父さん、母さん、姉ちゃん、ナギサ、ミケ、今までありがとう」
俺はそれぞれの部屋に行き、彼らの頭に触れた。
電気信号を流し、特定の記憶を消去する。涙で前が見えなかったが、この家の構造は目を閉じていても分かる。生まれてからずっと住んでいるのだから。
再び自分の部屋に戻り、念力で家具を中央に寄せた。
両手を広げ、念力のレベルを二段階ほど引き上げる。
「俺の家具も今までありがとうな」
グッと力を閉じていく。
家具や勉強道具、漫画やゲームが中央に集まって潰れていった。
コトンと落ちたテニスボールくらいの塊をポケットに入れる。投げれば武器になりそうだ。
こんな力さえ手に入らなければ、……なんてことは、微塵も思わない。
俺にとって超能力は手足のようなもので、自分自身だ。誰よりも力を愛しているし、力のない俺は俺じゃない。
「選択肢は二つ」
地球で逃げ回ったり戦ったりするか、あるいは――。
ぴんぽーん。
ついにインターホンが鳴った。
ゴソゴソと両親の寝室から音が聞こえる。母親が先に起きあがろうとしたが、父親が「俺が行くから良いよ」と立ち上がったようだ。ガチャリとドアを開いた。
俺がこの世界に存在している以上、家族は一生危険と隣り合わせだろう。
神坂ハルに関する記憶が消えていると知ると蘇らせる方法を探すかもしれない。
記憶がなくても人質に出来ると考えるかもしれない。
「やっぱりこの方法しかないよな」
いつか来るであろう〝今”を想定して、実験を重ねてきた。
ポケットから瓶を取り出し、蓋を開ける。強力な磁石を十数個、床に落として力を加える。
浮き上がった磁石を念力で回転させた。ジジジと危ない音を立てて円を描く。一度太腿に触れたことがあるが、一生消えない傷になった。それほどの運動エネルギーを実現している。
限界を越えたタイミングで雷レベルの放電が始まった。床や天井を焦がさないようにそれらも押さえつける。
「ぐぎぎっ、まずっ…は、いちまっ………いっ」
安定し始めたのか「ぶーーーん」と鈍い音を立てて、放電現象も収まる。
まるでペイントソフトで写真の一部を切り抜いたかのように。
磁石の軌道から内側がぽっかりと空いていた。
「理論上、この空間の先に地球を見つけられれば海外へ逃げる事も可能…か」
最終回を迎えていない漫画とか。
明日遊ぼうと約束していたクラスメイト。オンラインゲームの期間イベント。
来月に控えていた姉ちゃんの結婚式。妹の卒業式。
両親の笑顔、優しさ、愛情。
「……欲張るな」
切り抜いた空間を力で奥へと進めていくと、真っ白な部屋が向こうに見えた。
見た事のない模様の家具が並んでいる事から、地球以外の世界で間違いないようだ。
玄関を開けた父親が、警察の振りをした卑怯者と会話をしている。
俺について聞きたいという卑怯者と、神坂ハルが誰か分からない父親。
この世界から神坂ハルの痕跡は完全に消せないだろうが、俺は地球から去るつもりだ。記憶の消えた神坂家に価値はないだろう。
俺は家族に向かって深々と頭を下げ、穴へと飛び込んだ。
「さよなら、俺の愛した世界」
□
空間を跳び越え真っ白な世界へと着地する。
大理石のような床が広がっており、中央には円いテーブルが置かれていた。水平に限りなく広がる地面はここが地球のような球体の星でない事を示している。
テーブルの上には紅茶が二つ並んでおり、女性が二人、それを囲んでいた。
一人は絹のような艶々とした白いドレスを着ていて、腰まで伸びた金色の髪は見惚れるほど美しい。顔立ちも今まで見た事がないほど整っていて、「美しさ」とは何を指しているか全身で表現しているかのようだった。
しかし、もう一方を見て俺の心臓はきゅっと締まった。
「えっと、この人も――」
少女が口を開く。何度も聞いた言語だ。
俺と同じ黒髪の少女。年も近いだろう16歳前後に見える。
そして何より俺を焦らせたのは、彼女が着ている服がどう見ても『学生服』だったのだ。
もし、ここが地球だった場合。
想定していた中でも最悪の事態が訪れている。
何故なら、金髪の美女から明らかに人外めいた力を感じるからだ。
今まで一度も感じたことのない膨大なパワーが彼女の身体から溢れている。小さな力の連鎖で非現実的な現象を引き起こす超能力と違って、彼女自身が非現実的な存在そのものだった。
そんなバケモノを相手にして勝てるはずがない。
少しでも足掻こうと身構えるも、学生服の少女から発せられた言葉は最近よく耳にするものだった。
「――転生者ですか? 女神様」
どうやらここは、地球ではないみたいだ。
ひとまず良かったです。
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