第2話魔法使いの力
村の人々がざわめき立っている。昨夜、俺が異世界に来たことが発覚してから、村中で「賢者様が降臨した」という噂が広まってしまったらしい。その結果、今朝早くから村の外で魔物が現れたとの報告があり、村人たちは不安げな表情を浮かべている。
「賢者様、どうか魔物をお討ちください!」
「そうすれば村も安心できます!」
俺は周囲の村人たちに囲まれ、突然のお願いに戸惑っていた。だが、彼らの期待を無下にするわけにはいかない。図書の賢者としての力を持つなら、まずはこの場でその力を証明するしかないのだろう。
「わ、わかりました……俺、行ってみます」
緊張しつつも、俺は村の外へ向かうことにした。自分一人で何かができるとは思っていないが、昨夜手にした「知識魔法」がどれだけ使えるかを試してみたいのだ。
村の外れにある小さな森の入口に着くと、獣のような鳴き声が響いてくる。村人たちは恐る恐る後ろからついてきているが、決して近づこうとはしない。俺はひとり、森の中に足を踏み入れた。
「魔物……本当にいるのか?」
周りを見回しつつ、背筋を冷やしながら進む。やがて、低い唸り声が聞こえ、その方角に目を向けると、草むらの中から異形の生物がゆっくりと姿を現した。
「うわっ……本当に魔物だ!」
それはまるで狼と蛇を合わせたような姿をしており、鋭い牙と鋭利な爪が特徴的だった。村人たちが恐れるのも無理はない。俺は恐怖で震えながらも、一度深呼吸をして気を落ち着ける。
「落ち着け、俺には知識魔法があるはずだ……」
昨夜読んだ古書の内容がふと思い出される。頭の中でページを捲るように、魔物に対する知識が浮かび上がってきた。あの本に書かれていた内容を正確に再現できれば、この魔物の弱点もわかるはずだ。
「確か、この魔物は『ウルヴァー』っていう種類で……弱点は、目の付近にある斑点……」
ふと、俺の手が輝き始めた。どうやら、知識魔法は自分の知識に応じて自動的に力を発揮するようだ。魔物の名前を口にした瞬間、頭の中に具体的な魔法の詠唱が浮かんだ。ためしに、その言葉を口にしてみる。
「『解読の光』!」
俺の手から淡い光が放たれ、ウルヴァーの斑点に向かってまっすぐに飛んでいく。光が魔物の目の近くに当たると、ウルヴァーは大きな悲鳴を上げ、体が痙攣し始めた。
「効果が……あった?」
魔物が弱っていく様子を見て、俺は驚きと共に少しの達成感を感じた。どうやらこの知識魔法は、単に本を読むだけでなく、記憶した知識を具現化して攻撃や防御として使うことができるらしい。
村人たちは遠巻きに見守っていたが、俺が魔物を倒した瞬間、歓声を上げて駆け寄ってきた。
「さすが賢者様! 本当に魔物を討ち取ってくださった!」
「ありがとうございます、これで村も安心です!」
俺は一息つき、村人たちに微笑みかけたが、正直なところ、自分が賢者と呼ばれるにはまだほど遠いと感じていた。だが、彼らにとっては確かに俺は救いの存在なのだ。
村に戻ると、村長が俺を家に招き入れ、もてなしてくれた。温かいスープが差し出され、俺は一口飲んで深く安堵のため息をつく。
「優人様、改めて感謝いたします。どうか、この村の守護者としてこれからもお力添えを……」
「い、いや、俺にはまだそこまでの力はないんです。知識魔法っていっても、単なる図書館の司書みたいなものですし」
村長の目が鋭くなるが、すぐに穏やかな笑顔に戻る。「謙遜なさる必要はありません、賢者様。我が国には『知識の賢者』が現れるという伝説があります。その者は古書を解き、その知識で世界を救う存在だと……」
「……世界を救う?」
俺は驚きと不安が入り混じった気持ちで村長の言葉を聞いていた。異世界に来たばかりの俺が、そんな大それたことを成し遂げることができるとは到底思えない。だが、村長の目は真剣で、俺に期待を寄せていることがひしひしと伝わってくる。
「……やれることからやってみるしかないか」
俺はそう自分に言い聞かせ、村での生活を始める決意を固めた。
その後の数日、俺は村の書庫で古書を読み漁り、異世界の知識を吸収していった。この知識魔法は、どうやら「知識」を記憶するだけでなく、それを応用して実際の魔法として使える能力だということが次第にわかってきた。
ある夜、村人の一人が俺に手を貸してくれと言ってきた。彼の息子が高熱で倒れてしまったらしい。俺は書庫で読んだ「薬草の知識」を思い出し、必要な薬草を取りに行くことにした。
「おいおい、本当に賢者様が助けてくださるのか?」
心配げな村人たちが後をついてくる。彼らの不安な顔を見ると、自分も少し心細くなったが、勇気を振り絞り、薬草の生えている場所まで足を運んだ。
「確か、この薬草が『ヒーリングハーブ』ってやつだな……」
俺は慎重に薬草を摘み取り、村に戻った。自分で調合した薬草茶を飲ませると、少年の体温はみるみる下がり、やがて安らかな寝息を立て始めた。
「や、やった……!」
俺の中で、少しずつ自信が湧き上がってきた。知識魔法は直接戦う力にはならないが、こうして人を助ける手段としては十分に役立つことがわかってきたからだ。
それからというもの、村では俺を頼る声が絶えなくなった。村人たちの悩みや問題を聞くたびに、俺は知識魔法を使って助ける方法を見つけ出す。それはまるで、本の中の情報を実践するような日々だった。
しかし、そんな生活が続く中で、ある一つの疑問が俺の中に芽生え始める。
「……この力で、俺は本当に賢者と呼ばれるにふさわしいのか?」
俺は再び不安に駆られた。自分の力が果たしてこの異世界でどれほどの価値を持つのか、本当の意味で理解できていなかったからだ。
そんなある日、王都からの使者が村を訪れた。使者は威圧的な態度で、俺にある任務を強制的に依頼してきた。
「賢者様には、王都の厄介な魔物退治をお願いしたい。これは王の命令だ」
俺は王都の使者の迫力に圧倒されながらも、覚悟を決めた。自分の力がどこまで通用するのか確かめるため、そして村の人々を守るために、王都へ向かうことを決意する。
「わかりました。俺にできることなら……」
次の冒険に向けて、俺は心を奮い立たせた。
続く
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