異世界図書館で得た知識で、なぜか賢者として祀られてます

arina

第1話図書館での転移

図書館の閉館間際の静寂が、心地よい緊張感を漂わせている。今日も一日、地味に忙しかったと感じながら、俺は最後の棚卸しを終えた。名前は佐倉優人(さくら ゆうと)、どこにでもいる平凡な図書館司書だ。


「さて、これで本日の業務は終了……」


本棚の隅に、見慣れない古い本があることに気づいたのはその時だった。薄暗い茶色い表紙に、金箔で装飾された古風な文字が浮かび上がっている。思わずその本に手を伸ばし、指先で表紙をなぞった。古書特有の、少し湿った匂いが鼻をくすぐる。


「なんだ、これ……?」


無意識にページを開くと、鮮やかな光が溢れ出し、目の前が白く染まっていく。思わず目を閉じたが、体全体が吸い込まれるような感覚に襲われる。頭がぐるぐると回り、立っていられないほどのめまいが俺を襲った。


「うわっ……」


何もかもが白に包まれたまま、俺の意識は遠ざかっていった。


次に目を開けた時、俺の目に飛び込んできたのは見知らぬ風景だった。青々とした広大な草原が、地平線まで続いている。太陽の光が眩しく、穏やかな風が肌を撫でていく。


「……夢か?」


手で顔を叩いてみるが、痛みは感じる。これは現実の感触だ。俺は立ち上がり、自分がいる場所を改めて見渡した。草原の向こうには小さな町が見える。


「まさか、本当に異世界……?」


頭の中で現実感が崩れ去っていくのを感じつつも、俺は何とか冷静を保とうとした。まさか異世界転移なんて馬鹿げた話が自分に起こるとは夢にも思わなかったが、どうやらそれが現実らしい。


歩き出してしばらくすると、遠くから人影がこちらに向かってくるのが見えた。彼らは馬に乗っており、全身鎧をまとった騎士のようだった。


「おい、お前! 何者だ!」


一番前にいた屈強な男が声を張り上げて俺に問いかけた。俺は戸惑いながらも、正直に答えることにした。


「え、えっと……俺は、佐倉優人っていう、日本から来た図書館司書なんですが……」


男たちは顔を見合わせ、何やら小声で話し合っている。どうやら「日本」や「図書館司書」といった言葉には馴染みがないらしい。だが、突然に表情が険しくなった。


「賢者様だ! ついに我が国に降臨されたのだ!」


その言葉を聞いた瞬間、周りの騎士たちは一斉に俺に向かって跪いた。


「え……?」


俺はあっけに取られてしまった。賢者? 俺が? 図書館司書ってだけで、特にすごいわけでもなんでもないのに、なぜか彼らには崇められているようだ。


「えっと、俺が……賢者……?」


騎士団の先導で、俺はそのまま小さな村へと案内された。村の人々も俺を見るなり、騎士と同じように跪いて「賢者様」と口にする。俺には状況が飲み込めず、ただただ戸惑うばかりだった。


「賢者様、我が国には古より言い伝えがあります。古書の魔力を持ち、知識を操る賢者が現れると。この国を救う者が、図書の賢者であると」


村長らしき老人が俺に説明を始めるが、頭の中には「図書の賢者」という奇妙な言葉が残る。


「図書の賢者……それって、本の知識ってことですか?」


「はい。賢者様は古書の魔法を操る力を持っておられるのです」


俺はふと、異世界に来た時に手にしていた本のことを思い出した。だが、その本はどこにも見当たらない。もしかすると、自分の体に宿ったような感覚すらする。だが、それがどういう力なのか、俺自身もよくわかっていなかった。


「……試してみるしかない、か」


俺は村長に頼み、村の古書を見せてもらうことにした。もし「知識を操る賢者」が本当に俺のことを指しているのなら、本を読めば何かがわかるかもしれない。


村の書庫に案内され、いくつかの古書を手に取る。何も書かれていない真っ白なページが広がるが、次の瞬間、そのページに文字が浮かび上がった。文字は自分が見たことのない文字で書かれているのに、意味が自然と頭に流れ込んでくる。


「これが、知識の魔法……?」


本の中から次々と情報が浮かび上がり、魔法や歴史、薬草の知識などが頭に流れ込んでくる。どうやら、この異世界では本を読むだけで、その知識を自分の力として使えるらしい。


「すごい……けど、戦闘能力はほとんどないな……」


武器を扱うスキルや、直接的な攻撃力を持つわけではなく、ただの知識を得るだけだ。だが、この知識がどのように使えるかは、今後次第である。


その後、村の人々と共に夕食を囲みながら、俺は異世界で生きる覚悟を決めた。帰り方もわからないが、まずは自分ができることから始めるしかない。


「賢者様、どうかこの村を、そして国をお救いください」


村長が深々と頭を下げ、俺に願いをかける。村の人々の期待を一身に受けながら、俺は自分の力を試す機会がすぐに訪れることを感じていた。


夜、部屋で一人になると、異世界に来たばかりの現実に改めて驚く。しかし、今の自分には逃げ場がない。見知らぬ世界で、賢者としての責務を果たさなければならないのだ。


「俺にできることって、一体なんだろう……?」


自分の手を見つめながら、未来への不安と期待が胸の中で混ざり合う。


次の日、村の外で魔物が出現したという報せが届く。ついに俺の知識魔法が試される時が来た。俺は心の中で覚悟を決め、村の人々と共に魔物討伐に向かうことにした。


続く

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