第5話:一目惚れしちゃいました
「え、えっとですね…」
こともあろうか憧れている松平夏夜先輩に自転車に名前をつけていることを知られて、恥ずかしさのあまり顔が火照っているのを自覚する。
「僕は普段の通学やアルバイト先への行き帰りに自転車に乗っているんですが、その子に愛称を付けていまして…。正直、根暗でキモいヤツですよね…」
右頬をポリポリしながら水飲み場の方に目をやる。
「あ、あの子がパンタさんですね」
松平先輩は僕の目線の先にいたパンタを見つけて目をキラキラさせ、小走りにパンタがいる水飲み場の方へと向かう。
「わ~! これがパンタさん! 私が知っている自転車とは少し形が違うように思います」
「そうですね。いわゆるシティサイクルとは違ってマウンテンバイクという種類の自転車です」
「ハンドルもまっすぐなんですね。パンタさんカッコいい~。少し触らせて頂いても?」
ウキウキした表情でこちらを振り返る松平先輩。
「ど、どうぞ。松平先輩のような美しいお方に触れて頂いてパンタも喜ぶと思います」
「う、美しい…って」
と恥ずかしそうにモジモジしながらパンタの方に視線を戻す松平先輩。
あっ、やらかしたか?!
と後悔するも遅し。
パンタのハンドルにそっと触れる松平先輩を注視すると少しだけ耳が赤くなっているように見えた。
「このようなマウンテンバイク? に乗るには専用の免許や資格がいるんですか?」
え? と思わずキョトンとしてしまう。
「パンタさんは珍しい自転車ですよね?
マウンテンと言うくらいですから元々は山道専用の自転車なのでしょうか?
それを街でも乗るのですし、こんなハンドルをしていますし、乗り難しいでしょうからオートバイなどのように免許や資格が必要なのかと思って」
「あ、いえいえ。マウンテンバイクとはいえあくまでも自転車というカテゴリーですから必要ありませんよ」
アルバイト先のスタッフの間で噂になっていた通り、僕自身も松平先輩の立ち振る舞いや口調からなんとなくそうなんじゃないかなとうすうすは思っていたけど、松平先輩って相当な箱入り娘のお嬢様じゃないのかな?
どこか世間ズレしているところがあるように思う。
(街でもマウンテンバイクに乗っている人は少なくないから普通に生活していたら目にする機会もあっただろう。もしかしたら、高校までは車で送り迎えされていたんじゃないのかな?)
あまりたいした根拠はないけれどそう推測を深める。
「私、パンタさんに一目惚れしちゃいました! 街灯の当たり具合もあるのかもしれませんが、この色艶とフォルムがとてもカッコいいです。よくお手入れされているようでピカピカしています。パンタさんは浅見くんに大事にされているんですね」
「ありがとうございます。なんだかすごく嬉しいです。松平先輩に褒められてパンタも喜んでいると思います。今のところパンタは僕にとって唯一の親友です」
「そうなんですね。親友ですか、なんだかそういうのってとても羨ましく思います」
パンタを可愛がるかのようにサドルの部分を愛おしくサワサワする松平先輩。
「パンタの紹介も済んだ事ですし、そろそろ家に帰りましょう」
「そうですね。よろしくお願いします」
またご丁寧にお辞儀をする松平先輩。
今日は良い1日だ。こうして高嶺の花だった可愛い松平先輩と並んで一緒に帰ることにもなったんだから。
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