第6話:あの、連絡先を…


パンタを押しながら松平先輩の横を歩いて先輩の住む家の方へと向かう。


めちゃくちゃ嬉しいことなんだけど、こうしてあらたまるとなんだか緊張して何を話せばいいかわからない。少し話しては無言になりまた何か話しては無言になり会話が途切れてしまう。


「浅見くんもお一人暮らしをしているということでしたけれど、おうちでも自炊されているのですか? まだ3ヶ月くらいといってもお店でもキッチンを担当されているわけですし、お料理は得意なのでしょう?」


松平先輩の方から口火を切ってくれたので一安心。


「得意とまではいきませんけど、そうですね。いわゆる適当な男飯ではありますが自炊はしています。実家にいた時も中学生になってからはたまに自分で作らされていましたから慣れてはいますかね。

いまは朝起きるのが結構しんどくって、毎日弁当は作れなくて、昼はほとんど購買か学食ですが」

と、今度は左頬をポリポリしつつ

 

「松平先輩も料理されているんですよね? もしかしてかなり得意だったりして?」

一応返してみる。


「そうですね。得意かと問われますとまだまだ修行が足りないと思います。もっと精進してくださいと先生にも言われていましたし」


「先生? どこかの料理教室で本格的に習っていたのですか?」


「はい。料理教室ということではないのですけれど。大学の推薦をいただいて一人暮らしが決まってからは毎日のように実家で習っていました。

先生と言っても実家で色々とお世話をしてくださっているお手伝いの良枝さんのことなんですが、お料理の先生になっていただいて毎日教わっていました。

おうちを出る頃になった時にはある程度なんでも作れるようになって良枝さんからは一応の合格をいただけましたが、これからももっと精進してくださいと言われましたので」


(なんでも作れるように? それはそれで凄くないか?)

 

「なんだか僕とはレベルというか、『作れる』次元が違いすぎるような気がします」

と横を見る。


ふふっ、と屈託のない表情で笑う先輩。

もう涙の影もないし、いつもの笑顔が増えて大丈夫っぽい。


「たとえ浅見くんの作るお料理が、浅見くんの言う適当な男飯料理であったとしても美味しいものを作られているのだと思いますよ? 少なくともちゃんと手間と時間がそこに費やされているのですし。

長い時間と多くの手数が入っているからその分美味しくなることもあるとは思いますが、簡単な調理法で効率よく作れるというのも、立派な才能だと思います」


「いえいえ。バイト先で手順も分量もきっちりして作るのとは違って、家で作るのは自分用ですから本当に目分量で手順もすっ飛ばした手抜きのズボラ飯なんですよ。

そもそもちゃんと進めても僕なんかの作る料理なので実際のところはどうなんだろう? という感じでもありますし」

笑って誤魔化す。


「浅見くんのお話を聞いていると、浅見くんは随分と低姿勢で自己評価が低いのですね。大学の行き帰りやお店などで声を掛けてくる方々とは違うのでなんだか新鮮です」

と微笑む。


(やっぱり店でもナンパのようなことをされているのか)


「松平先輩、もしかしてちょくちょくお店で迷惑行為を受けて?」


「いえ、ご迷惑といいますか…。私には要領を得ないお話やお気持ちに応えられないお誘いやお申し出を受けることが多いだけです」


(先輩、それを巷ではナンパと言うんですよ?)


「危険なことになりでもしたら大変なので、あまりにもしつこい様であれば近くのスタッフの方に気を遣うことなくすぐ言って下さいね。困ったことになった時とか、どなたにも話しづらいようでしたら微力で申し訳ないですが僕に言ってください。

最近誰かに付きまとわれているように感じたことはありませんか?」


「ありがとうございます。

おそらく付きまとわれていることは無いと思います。お店でも帰り道でも、もしそういうことがあったら、その時はまず浅見くんに頼らせて頂いてお力をちょうだいいたします」


(大丈夫かなぁ? 松平先輩が気がついてないだけなんじゃないのかなぁ?

あと、年下のこっちが恐縮してしまうくらい本当に丁寧オブ丁寧なんだよなこの先輩は)


僕は後ろを振り返って誰かがついてきていないかキョロキョロ確認しながらそう思っていると先輩が立ち止まった。


「あ、あの、ここが私のおうちです」


右手で視線誘導された場所に目をやると、

デデーン! とそびえ立つ高層マンション。

 

(でっか!! これ、もはやマンションではなくて億ションてやつじゃない? タワマンってやつかもしれない)


僕は口を開けたまま見上げて驚く。

 

近所にあるこのどこからどう見ても明らかにお金持ちが住みそうなマンションに見覚えはあったけど、ここに先輩が住んでいるとは。まあでもこれまでの箱入り娘感を思い出せば至極真っ当な気もして納得。


「浅見くん、今日は送っていただいて本当にありがとうございました。楽しくお話しながら帰ってきたのは初めてでとても嬉しかったです」


「いえいえ。お礼を言われるなんてとんでもないです。ただ横を歩いて来ただけですので。それに松平先輩のような可愛い方と一緒に歩く機会を得られて、これだけお話を出来たので僕の方こそ感謝の嵐が止みません」


「か、可愛いだなんて…」

と頬を赤らめる。


「ではこれで。おやすみな…」


「あ、あの!」


(ん? まだ何かあるのかな?)


パンに乗って帰ろうとした僕を先輩が呼びとめた。


「あ、あの…。あ、浅見くんさえよろしかったら、なんですけれど…」


何かとても言いづらいことなんだろうか。


「浅見くんさえよろしければ、私と連絡先を交換してください!」


と、またしても意思ある目でそう言った。


(え? 連絡先?! 僕と??)

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