第4話:ホームシック??
僕が渡したハンカチで涙を拭いて膝上に両手をおき、ハンカチを軽く握りしめながら、松平先輩は泣いていた理由を話し始めた。
「実は私、ホームシックになってしまっているようなのです。
大学進学を機にこちらで一人暮らしを始めたはいいのですが、最初は慣れないことに戸惑ったり、学校やアルバイトに慣れることに精一杯で気が付かなかったんです。
夏休みに帰省してからも大丈夫でしたし、去年のクリスマスと正月も帰省出来たので良かったのですが、春休みはアルバイトのシフトを増やしてしまったこともあって帰省しなくて…それからです。
毎日夜になると訳も分からずに寂しくなったり、悲しくなったりして気がつくと泣いていることが多くなって…。
大学の心理カウンセラーの先生にご相談させていただいたところ、それはホームシックなのでは? と言われました」
(ほ、ホームシック??)
一瞬逡巡したが、確かに僕も一人暮らしを始めて家に戻っても家族がいないから誰とも会話することが無くなった。
学校でも毎日会話するような友達もほとんどいないし、会話があるとしてもバイト先の吉川店長やキッチン担当の先輩たちと少しやり取りする程度。
「確かに。僕も一人暮らしを始めたところなので、今は環境に慣れるために必死ですし、生活に慣れて来たら同じようになってしまうのかもしれません。
松平先輩はプライベートで電話するお相手などはいないのですか? 夜ご自宅にいて悲しいと感じたり寂しくなったりした時に、高校の時のお友達や大学のお友達…、あぁ、それこそご家族に電話すれば…」
「友人、ですか…。女子校ではそれなりに楽しくおつき合いさせていただいていたご友人はいましたが、今は離れてしまっていますし、電話でやり取りする方はいませんでした。
大学は親しくお声かけいただく方もいますが、あまり、その、お友達と呼べる方もいなくて連絡先を存じあげておりません。
家族には…。
家族には一人暮らしをする際に大変心配されまして、説得するために一人でも大丈夫ですから!と大見栄を切って出て来てしまった手前、心配をかけたくありません。寂しくてもちゃんと我慢して慣れなくてはいけないんです……」
最後の方は少しか細い声になってはいたが、聞き取ることは出来た。
「でもこんな夜にこうして公園で一人で泣くまで寂しい思いをするくらいなら…」
「いえ、お父様もお母様もお仕事で多忙な毎日を送られていますし、貴重な時間を割いていただくことは出来ません」
こちらを向いてそう言った。固い意思のあるその目からは再び涙がこぼれ落ちる。
参ったな…、僕にはどうすることも出来なさそうだ。せめて少しでもバイト先で見たことのあるあの笑顔を増やして元気になってもらいたいけど…。
「あ、とりあえず何か飲まれませんか?」
エコバッグからなにか取り出そうとしたけれど、スーパーで買ったのは1リットルパックの牛乳。エコバッグから少し顔を出している牛のイラストを見て松平先輩は
「もーもー印の牛乳…、しかも1リットルサイズ」
と、いつものように目尻を下げて笑みを浮かべた。
「あ、え、えっとすみません。これは丁度牛乳が切れていた事を思い出して、さっきスーパーに寄って…」
クスっと松平先輩。
「そんなに慌てて弁明なさらなくてもよろしいですよ?
ありがとうございます。浅見くんの優しさで寂しい気持ちが少し和らぎました」
「あ、あははは。なんだか肝心なところでお役に立てずにすみません」
と照れ笑いした。
「浅見くんもアルバイト終わりでお疲れ様のところを足止めしてしまうことになって本当にすみませんでした。お陰で元気になった気がしますしこれ以上遅くなる前にお互いお家に帰りましょう」
ベンチから立ち上がって、ワンピースのお尻の部分をはたく。
「そうですね。わかりました。ただこの時間ですから松平先輩のおうちのお近くまで送らせてください」
ありがとうございます。と深くおじぎをする松平先輩。
「それでは…あ、あそこにパンタを待たせてあるので」
と言いかけて
「パンタさん??」
あ! しまった! つい反射的にマウンテンバイクに名前を付けていることを口にしてしまった…。
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