かつて『剣姫』と呼ばれた元騎士だけど、昔助けた女の子が騎士になって押しかけてきた
笹塔五郎
第1話 交換条件
エレシア・フェイレスは数年前まで『レイヴァート王国』の騎士として活動していた。
そんな彼女は騎士を引退し――今では傭兵崩れと成り下がっている。
『ラスベルの町』はいわゆるゴロツキが集まるような町で、はっきり言ってしまえば王国内でも治安が悪い。
これは、どんな国でも少なからずある問題だが――エレシアにとっては、比較的暮らしやすい場所になっていた。
早い話、治安がどれだけ悪かろうが腕に自信があれば、ある程度の地位は約束されるからだ。
かつては『剣姫』と呼ばれ、王国でも一、二を争う実力者であったのだから、なおのことだろう。
そんな彼女だからこそ、その実力を買われ――こういった場所で生きていくのも困らない。
むしろ、こういう場所の方が、かつて騎士であったという立場も気にせず生きていられる、と言うべきか。
今の生活には何の不満もない――かつては騎士の正装に身を包んでいたエレシアの露出度の高い服装を諫めるような者もいないし、黒の長髪をいくら伸ばしたって規定がどうのと言ってくるような者もいない。
――まさに、自由を享受していると言えるだろう。
ただ、エレシアはいわゆる美形であるが故に、こうした町においても彼女に対して言い寄る者は少なくない。
そういった相手には、「私に勝てたら相手してあげるけど?」と言って――完膚なきまでに叩き潰し、有り金を奪って飲みに行く。
今日もまた、そんな相手から奪った金を持って酒場で飲んでいるところだった。
――正直、この辺りにいる者はお世辞にも小綺麗とは言い難い。
だからこそ、そんな場所で一際目立つ少女の姿があった。
長めのブロンドの髪を後ろに束ね、透き通るような美しい白い肌を持ち、可愛らしくも整った顔立ちをした――騎士の正装に身を包んだ少女だ。
動きやすさを重視しているのか、いわゆる重装ではなく軽装で、きょろきょろと酒場に入ってきて誰かを捜しているようだった。
正直、この町にいる騎士は左遷されてやってくるような者ばかりで、はっきり言ってしまえばやる気のない連中ばかり。
一部の者からは下卑た視線を向けられていて、エレシアもまた、
(顔はなかなか好みのタイプね)
――などと、酒を口に運びながらそんなことを考えていた。
(ま、私には関係ないけど)
ふっ、と自嘲気味に笑い、エレシアはまた酒を呷る。
「――ようやく見つけました、エレシア・フェイレスさんですね?」
耳に届いたのは、少女の声。
ちらりと視線を向けると、そこには先ほどの可愛らしい騎士の少女の姿があった。
話しかけてくるとは思っておらず、エレシアは思わず目を丸くするが――すぐにくすりと笑みを浮かべて答える。
「私に何か用? 可愛らしいお嬢さん」
エレシアの言葉に、騎士の少女は少し眉を顰める。
だが、小さく溜め息を吐くと、すぐに口を開いた。
「私はアルティ・フェイバーと申します。レイヴァート王国騎士団に所属する騎士です。階級は――」
「騎士かどうかなんて、見れば分かるわ。そんな小綺麗な恰好でやってくる子は珍しいけれど。それで? 私を捕まえにでも来た?」
騎士の少女――アルティの方を向いて問いかけた。
エレシアがやっていることは、はっきり言ってグレーな仕事も多い。
承知の上だが、こうして現役の王国騎士がやってくる可能性だって十分にあった。
ここに送られてくる者の大半はやる気がないために、こうしてエレシアの下を訪れることなどなかったが。
「いいえ、どちらかと言えばその逆です。貴女をスカウトしに来ました」
「……スカウト?」
またしても、予想外の返答。
アルティは頷くと、そのまま言葉を続ける。
「はい。実はここ数年、王国騎士団でも人手不足が問題視されていまして――この点についてはエレシアさんもご存知かとは思います。そのため、過去に騎士団に所属していた方やそうでない方にも騎士としての裁量を与える『準騎士』制度を試験的に実施することになりました。基本的には騎士と共に二人一組で行動することになりますが、その試験制度を実現するために――貴女をスカウトしに来た、というわけです」
「あー、そう……」
淡々と話すアルティの言葉を半分くらいしか聞いていなかった――よく、すらすらと言えたものだと感心する。
「簡単に言うと、人手不足のために騎士に協力しろ、ってことよね?」
「そのための試験制度に協力をしてほしい、ということです」
「同じようなものでしょ? それでわざわざ、あなたみたいな子がこんなところまでやってきたわけね」
「ご協力いただけますか?」
おそらく、王国騎士団もエレシアがどこにいるかなど把握していないはず。
――わざわざ、アルティは所在を突き止めてやってきた、ということだろうか。
「わざわざご足労いただいて申し訳ないのだけれど、遠慮させていただくわ」
「理由をお聞きしても?」
「あなたは事情を把握しているのか分からないけれど、私は騎士団を追い出されたも同然の身――協力する道理はないのよね」
エレシアはそう言って、テーブルの方へと向き直る。
話は終わりだ――態度で示すつもりだったが、アルティは引き下がる様子を見せない。
「ご協力いただけるのであれば、こちらとしても相応の報酬をお支払いさせていただきますが」
「報酬って言っても、別にお金には困ってないもの」
「報酬は金銭に限ったものではありません。エレシアさんが望むもので、私が報酬として支払うことが可能であると判断すれば何でも」
「ふぅん? 何でも、ね」
ほろ酔い気分でアルティの言葉を繰り返す。
――正直、受ける気など毛頭ないのだが、半ば冗談めかしてエレシアは切り出す。
「じゃあ交換条件として、私がアルティちゃんとえっちなことしたい、って言ったら?」
「――」
くすりと、エレシアは小さく笑みを浮かべた。
我ながらバカバカしい提案で――しかも、相手はまだ騎士としてもかなり若い。
あるいは、バカにしているとその場で斬り伏せられてもおかしくないような、そんな条件だった。
「……それで受けてくださるというのであれば、検討の余地はありますが」
「……はい?」
思わず、エレシアの方が問い返してしまった。
かつて『剣姫』と呼ばれた元騎士だけど、昔助けた女の子が騎士になって押しかけてきた 笹塔五郎 @sasacibe
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