再会
2024年12月30日
大晦日です。
僕の旅立ちの決行も、もうすぐそこまで迫ってきました。
ここ一週間は、なんと心地よい時を過ごしたものか。
食べ物は毎回カップ麺とおにぎりを少々でしたが、もう何も考えなくて済むことがこんなに安らぐこととは…
多くの負が突然リセットされるという事、分かるでしょうか。
僕は夕暮れ時、ぼんやりと、独りでカフェの中、恐らく最後になるコーヒーの味を噛みしめていました。
「…くん、田中くん!」
ハッと現実に引き戻されました。
コーヒーに集中するあまり、耳の良い僕が自分の名前を呼ばれたことにさえ気付けなかったようです。
顔を上げると、そこにはもう一年以上も前に辞めた会社の元上司の宮元さんがいました。
この宮元さんは、僕より5つぐらい上の人で、会社で唯一僕らを虐めなかった善人です。僕の上司だった時期はそう長くはなかったのですが、最後までこの人が上司だったら、僕も会社を辞めなくて済んだかもしれません。
「いやあ、君のことを外から見かけて、もしかしたら、と思ってね…」
僕は特に何も気の利いた事を言えるような人ではないので、「は、はあ…」と間抜けな返事を返しただけでした。
「あ、いや、君のことをね、ずっと心配して探していたんだよ。君が会社を辞めたと聞いた時、君に連絡を取ろうにも、会社の携帯も返しちゃってるし、社宅からは引っ越してるし、メールも返信は来なかったし…」
そういえば、会社を退職した後、数回、宮元さんからメールが届いていたかもしれません。会社に関係することは全て拒絶していたので返事をしていませんでした。
バツが悪かったですが、読んだ記憶がない、という事で、誤魔化す事が出来ました。
「それで…?」
話すことが何もないので、気づいた時には口からこんな言葉が出てきてしまっていました。
「いや、君はどうしているのかな、と思って…」
「どうって…」
僕は少し俯いたが、すぐに顔を上げて、「普通ですよ。」と嘘ぶいた。
「そ、そうか…」
そう言いながら、宮元さんは僕の姿を訝しげ見つめました。
「福島くんの事は聞いてるかい?」
福島くんは、僕の7つ下ぐらいだった後輩です。確か、僕と同じような目に遭って、僕よりも数ヶ月前に辞めていたはずです。
「いえ、何も…」
「そうか…会社の人とはもう連絡を取っていないんだね。」
しばしの沈黙が流れた。
「福島くんは、お亡くなりになられた。その、自分から…」
胆をドンと叩かれたような気がしました。
「えっ…」
宮元さんは、苦虫を噛み潰したような顔で遠くを見ました。
「俺もつい先週、会社を退職した。」
今度は僕の方が眉を寄せて顔を顰めました。
「田中くん、俺はな、守るべき家族もいれば、果たすべき責任もある。だけど、もうその答え合わせがあの会社にはない事を悟ったんだ。他の部署でも死人が出ている。もう限界で、体制を変えられない。あんな会社はすぐに終わらせた方がいい。」
確かに、宮元さんがいなくなれば、あの会社は崩壊に向かうでしょう。
でも、責任感の塊だったような宮元さんが、辞めるなんて…
「…これから、どうされるんですか?」
宮元さんは、僕なんかと違ってとても立派な人です。
そんな人が、僕と同じような境遇になるのでしょうか。
「…なあ、ここで長話もなんだから、うちに来ないか?」
「え…?いや、僕は…」
「妻にはそろそろ帰るって言っちゃっててね。元同僚が来ると言えば、喜んで迎えてくれるよ。」
「は、はあ…」
…神様はどうも、最後まで僕を、流されるがままにさせたいようですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます