第4話

「よし。こんなものでしょう」



 荷造りを終え、部屋を見渡す。部屋というほど広いものではなく、本来は押入れとして使われていたものだ。広さにして一畳半の城には薄い布団と両親の遺品程度しかものはなかった。絶対に捨てられない簪以外は誰かの手に渡る前にアヤの部屋に移動させた。もし見つかったら麻里香や義両親に燃やされてしまうことを知ってる。


 それにしても雨は酷くなるばかりだった。この部屋に窓はないが、時間を経る度に屋根を打つ音は増していく。



「紗季お嬢様。アヤは心の底から無念でたまりません」



 アヤの皮だけの細い手で紗季の柔らかい手を握ってホロホロ涙を流した。彼女が泣くところは両親の葬式でも見たことがなかったので、紗季はどうにもできない自分が悔しくなってしまい、我慢できずになっ見だをこぼす。



「お嬢様が行く狭霧山は黒鬼の棲家で御座います。黒鬼は妖も人間も食物にする、大層恐ろしい妖なのです」

「アヤ」

「陰陽師がまだ力が及ばない時代にはこの村の人間が生贄にされていたんですよ」

「…アヤ」

「アヤは無力で御座います。和葉様も、嘉六様も、お嬢様も私めは守ることができなかった。私めには財産も地位も妖術の才も何も持っていない、大切な時に力になれないうつけ者です」

「おやめなさい。それ以上貴女が自分を責めないで」



 アヤは声を殺して涙を流した。目の前の愛しい娘のような存在が今宵、殺されることを知っているから。

 二人は手を繋いで、誰よりも近い距離で泣いていた。アヤは家族を妖に殺されて身寄りがなく、紗季は帰る場所こそあるが居場所はない。世界はこれほどまでに息がしにくいのか、と叫び出したくなった。



「私はお母様がいなくなってからアヤがいてくれて救われたのよ。私に妖術の才がないとわかった時に慰めてくれたのは貴女だけでした。怪我をして手当てをしてくれたのも、寂しい夜に隣で寝てくれたのも、貴女だけでしょう。ずっとずっと、それを覚えております」



 父が亡くなったのが十五の冬で、母が亡くなったのがその半年後。紗季はそこからの六年、アヤだけを頼りに生きてきた。母のように優しく笑い心配してくれるそれが何よりもの頼りだったのだ。



「愛してるわ、アヤ。貴女にかけがえの無い幸福が訪れることを願っております」



それを聞いてアヤは目を丸くして言った。



「それは、私の言葉でございます。きっと紗季様は極楽浄土へ行かれるでしょうから。念仏を毎日唱えます」

「……それだけは辞めて頂戴」

「何故でしょう?」



 紗季は無理矢理口角を上げて、変に明るい声で笑った。



「だって、仏様はいらしゃらないでしょう」

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