第1話 涙雨

「紗季、どういうことなの」



 体の一番真ん中が凍った。頭上から降り注ぐ言葉を聞き逃してはならないので、紗季は声を出すことさえできなかった。少しでも喉を鳴らしてしまってはぶたれると知っているのだ。

 時刻は子の刻。母様(かかさま)は紗季を叱る時は一目につかないよう時間に蔵に呼び出す。肌寒さに耐えながら裸足で石造の床に正座をして、古時計が刻む調子外れの音を聞くしかできなかった。



「申し訳ございません」



 母様は紗季の声に苛立ったのか、雨漏りのバケツを持ち上げて頭に冷水をかけた。世界が真っ白になって叫び出したくなるが、これ以上機嫌を悪くされたら明日の私がどうなっているかさえわからない。



「大変申し訳ございません。紗季が全て悪いのです」



 雪雑の雨が降り始めた。紗季は顔を殴られないように額を床につける。漏れ出た冷気が辛くて仕方がなく、耐えれずに目を閉じた。決して人生が辛いわけではなかった。

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