落ちこぼれと黒鬼

(株)剛田のアサイー

プロローグ

「と言うわけなんだ。うちの娘を頼めるか」



 男はそう言って盃を仰いだ。黒鬼はそんな男を力一杯睨む。男は我関せずとばかりに眉を下げてカラカラ笑った。



「そんな顔をするな」

「狐の言うことなど聞いてたまるか」

「ほんとお前ら仲悪いな〜」

『この外道が』

「年寄りはそろそろ隠居だろう」

『何を』

「もー。やめろって」



 男の後ろに座る九尾がカッと口を開いて炎を撒き散らす。黒鬼は扇を一つ振って盃に変化させ、男の酒を奪った。


 黒鬼は一人だった。この狭霧山で、数百年も一人きり。



「俺は心配なんだよ。もし俺が死んだら、娘は家での立場は一番下だ」

「余所者なのだろう。十朱(とあけ)の家は血族に厳しい」

「そう。妻…あの子ならきっとなんとかなる。だけど娘は狐に拒絶されているんだ」

「これまた如何して」

「ヤ、これがサッパリ分からん。余所者の血が混ざったからかもな。カカ」

「お前のせいで娘が傷つくのか」

「皮肉なことにな……俺の命続く限りはあの子を守る。だが生憎次期当主に嫌われているから、いつ俺が殉職するかも知らん」

「お前はが?はっ。笑わせてくれる。俺に膝をつかせたのはお前だけだ」

「そうだろう。俺は強い。だが、万が一。億に一。俺は娘がいじめられて泣くのは些か耐えられんのだ」



 男には家族がいた。まだ三歳の、父のことを足りない舌で「おっとう」と呼ぶ、男の一等星。その娘と一緒に自分の帰りを待つ、白狐の北極星。

 彼らの輝きを心から願って、男は宿敵の黒鬼の元を訪ねたのだ。



「だから。頼むよ」

「…………気が向いたらな」

「ヤッタア!愛しているぜ」

「気色の悪い。用は終わりか、帰れ」

「うん。本当に頼む」

「相分かったと言っているだろう。帰れ。オイ外様(とざま)、灯籠を照らせ」

「は。」



 黒鬼は男の顔を見て顔を顰めて、他の妖に関わらず帰れる道を指差した。



「ああ待て。娘の名前は」



 黒鬼の言葉を聞いて、男は「言ってなかったな」と軽く笑って目を合わせた。

 雨はしばらく降らなそうだ。




「紗季。薄絹の季節で、紗季」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る