第3話 形審査
当時の昇段級審査の会場は、文京区の富坂警察署道場、明治大学和泉校舎、そして、今回は五反田の立正大学でした。
会場でいきなり「審査員は我が校のOBであるI先輩」(と法政大学OBのM氏 → I先輩と同じく全日本出場経験者)ということを知らされ、皆緊張します。受験しないキャプテン中村まで「みんな、みっともない形なんかやると先輩にぶっ飛ばされるぞ! (指導不足で4年生まで怒られる)」なんて、気合いが入ります。
なんだか、自分が言われているような気がしましたが、根が楽天家の私ですから、下級生たちの不安と心配をよそに、至ってお気楽。帰りは新宿の地球座で3本500円のエロ映画でも観ていこうかな、なんて会場の外でタバコを吹かし、一人順番を待っていました。
I先輩はお住まいが五反田から地下鉄で20分ほどの「馬込」ですので、それで声がかかったようです。私が1年生の夏休み一ヶ月間、先輩(の実家)の工場へ行くために毎日電車を乗り換えた駅が五反田でした。その思い出の場所と、5年生で(日本拳法部として)最後に訪れた場所が同じ。しかも、夏休みに毎日工場でお会いしていた先輩と、最後の昇段級審査で再びお会いするというのは、何か因縁のようなものを感じます。
あの昇段級審査の日から40年以上も経った今、これを書いていて、初めてそれに気がつきました。「思い出を文章にする」ことで、今まで全く考えもしなかったことに気づかされたのです。
私がI先輩と来世で再びお目にかかるであろう(あんまり会いたくないのですが)という、ぼんやりとした気持ちになるのは、この「五反田での因縁(運命的なつながり)」が、私の意識に働きかけていたから、かもしれません。
まこと文章を書くという行為は、ある出来事の位相を変えて見ることを可能にしてくれる。これは人間だけに与えられた、特異な自己認識法であると感じます。
2024年11月7日
V.1.1
平栗雅人
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