第4話

 時は戦争戦争と、誰も彼もが阿呆のように騒いでいた時期。


 友よ、君は当時を知っているかもしれないし、知らないのかもしれないな。


 こんな紙くずが二日と残っているはずはないから、知っているはずと思うが。


 友よ、君はどう思う。あの犬養毅とやらが殺され、なんだかいう若者が騒ぎ立てた事件のことを。僕はまさに、あの事件のことを記事にした。銃持つ猿に話はわからぬ。こんな感じの見出しにしたと思うのだけど、知らないだろうか。


 陸軍だかなんだかの、頭に何を詰め込んだのかも知らぬ者どもが、天皇陛下というもののためと言って犬養毅を殺したらしい。


 らしいというのは記者らしからぬ言葉だろうが、許してほしい。僕には事件がどうこうよりも、戦争に勝っただ負けただどうだより、己の失望の方が大事なのである。


 友よ、我が失望は、顔も知らぬ君より大事だ。なぜならそれは、生涯僕につきまとい、影のように許嫁のように三歩後ろを離れたことなどなかったからだ。


 ともすれば、愛着さえも湧くものだ。他のすべてがどうでもよいと思う程度に。


 話を戻そう。当時のことは新聞各社が大騒ぎして、まるで砂糖粒にむらがる蟻のようにおぞましき熱狂に包まれていた。


 僕は、丁寧に調べて丁寧に書こうとしたのだが、上長がでっちあげでいいから早くしろ、売れるような記事を書け、嘘八百でも構わない、などとほざくものだから、結局ほとんど何も知らずに書き上げた。


 結果が先の大見出し。銃持つ猿に話はわからぬ、である。適当な記者を捕まえて聞いた限りでは、当の首相は話せばわかる、となだめたが、問答無用と返され撃たれたらしい。


 なので事件のことはそれしか知らない。あとの記事に書いたのは、軍部への嘲笑である。


 記者となり、僕は法の書物をしっかり読んだ。ついでに、軍人の書物もだ。それはもう、すみずみと。そこで最初の失望が、さらに大きくなったのであるが、その話はまあ、後に回そう。


 重要なのは、かつて先生の言ったことを思い出したという点である。軍人たるもの、軍規を口を酸っぱくして教えられると。


 軍人の出ということなら、かの猿どもも軍規を叩き込まれたのはずだ。御国のために戦うが軍人であるということも書いてあったと思う。


 しかし猿のしたことは、御国の体現者たる天皇陛下とやらがお決めになられた首相を、天皇のためと言って殺したことだ。


 鼻で笑うべき愚昧である。御国のために戦うはずが、御国そのものに異を唱え、まして袖にされて処刑されたというのだから、お笑い種だ。残念ながら、とても肴にはならなかった。猿の痴態なぞ見ても、酒がまずくなるだけである。


 この國では天皇陛下とやらが法を敷いている。それはきっちり書物に書かれ、軍規にも記されて、何度も何度も言葉となって復唱されたに違いない。


 だが、結局意味などないのである。彼らは絶対であるはずの法を投げ捨て、ただ笑いものとなるために処刑されたのだ。


 新聞屋は銭のために面白おかしく書き立てて、国民たちを煽りに煽った。新聞屋同士の意見が食い違うので、それを理由に飲み屋で喧嘩が勃発し、まとめてしょっぴかれた阿呆もあった。


 我が第一の失望は、第二の失望を引き連れて、奈落の如く深くなる。


 法など所詮無意味なもので、人は法など守らぬし、いくら教えたところで理解できぬ程度の知性しかない。


 真実なぞはどうでもよい。人はみな、ただ自分の思う通りにするためならば、平気で他者を傷つけ、虚偽を是とする猿である。


 滑稽なのは、それでいて手前勝手などという、他者を非難する言葉があることだ。


 誰も彼もが手前勝手だ。そのことに気付かないのは、さぞ幸せなことだろう。手前勝手同士の軋みが、その風穴の如き耳を通り抜けたか、あるいは許せる範疇なのか。


 残念ながら、僕の耳に軋みはうるさく、そして耐えがたいものだった。


 僕は結局、僕が務めていた会社も焼いた。


 次にふらりと寄ったるは、会社に入る際に出まかせとして口にした地、横須賀だ。

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木っ端文豪・イクシマの失望 よるめく @Yorumeku

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