第二一話 ザクロの闘争

 はらりと笹の葉が踊る中、血走る眼がぶつかった。


「やあ、ザクロ」


 見たくもない顔が憎悪に歪み、より忌々しい有様だった。


「よう、カリン。お前もタケノコ探しにきたか?」


 香梨紅子こうなしべにこの社、その北東に位置する竹林。白髪を耳にかける少女と金髪を揺らす少女。笹の葉舞い散る夏の午後、二人は殺気を込めて視線の火花を散らしていた。


「手間をかけさせてくれる」


「こっちの台詞だ。煩わしいにも程がある」


 今晩、ネズミにタケノコの炊き込みご飯を振る舞ってやろうと、材料を仕入れるために出かけたのが運の尽きだった。カリンの監視の目に捉えられ、後をつけられていたようだ。


「無駄だとわかってなぜ逃げるのですか? 自分で母上の社まで歩いてくれませんか?」


「断る。何を好んで生身の腕を失わなきゃいけない?」


「手間がかかるだけだ。結局最後は母上の意のままになる」


「それでも……」


 ザクロは帯から鞘を引き抜き前に掲げ、刀身をゆっくりと露わにする。カリンもそれに応えるように打刀を抜き放ち、前方に構えて腹を締めた。


「悪足掻きさせてもらう」


「呆れたうつけが、恥を知れ!」


 二人の少女が弾かれるように駆け出し、葉を踏みしだく音が重なった。


「「シッ」」


 踏み締めた足が地面を穿うがち、間合いは一瞬で消し飛ぶ。

 次の瞬間、激しく刃と刃がぶつかり合う。

 袈裟斬りに一合、二合。火花散らす剣戟けんげきにたまらず顔を引きらせたのはカリンだった。


「ぐッ、腐っても三女か」


「余裕こいてんな!」


 休む暇を与えず、ザクロは一気呵成に畳み掛ける。

 刃を交わし、後退するカリンを追ってはまた刃を交わす。

 圧している。三女のザクロと五女のカリンでは剣術の腕は大きく差がある。


「シャァアッ‼︎」


 ザクロの右に薙いだ剣線がカリンの真芯を捉え、大きく体幹を揺さぶる。

 体勢を崩したカリンの肉体に、ザクロは大上段の一刀を振り下ろした。


 カリンは振り下ろされた一刀をなんとか刀を掲げて防ぐも、その剣圧に膝を折り、不利な体勢での鍔迫り合いを余儀なくされた。

 ザクロも全身全霊、全体重を乗せて末妹を押し潰しにかかる。


「なぜわからない!? 母上の恩恵をなぜ受けようとしない!」


「どうでもいいんだよ!」


 ザクロが叫ぶのと同時、カリンは力を抜いて身を捻り、ザクロの体重を左へ流して、大きく後ろへ退避した。


「ザクロ、お前は恵まれている! 胎蔵の力を保有した者はその身で生物を生成できる。その才を伸ばそうという母上の想い、蔑ろにする道理はなんだ!?」


「うるせぇー!」 


 再度、互いに地面を踏み締め刃圏はけんに突入する。

 一合、二合、三合と切り結んでカリンが呻いた。

 腕力、剣の冴えは明らかにザクロに分がある。刃を交える度に、その衝撃で骨が軋み悲鳴を上げる。肩で息を切らし、冷や汗で額がベットリと濡れた。


 カリンの逡巡の隙をザクロは容赦なく攻め立てる。袈裟斬りに一合、そしてまた一合。鍔迫り合いを嫌ってカリンは刃を重ねるごとに後ろへ後ろへ。


「なーにをヘニョヘニョ逃げてんだテメエは!」


 焦れたザクロが大振りを放つと、カリンは側に生える竹で体を支えて素早く屈んだ。

 剣で劣るなら地の利だと言わんばかりに、空振ったザクロの脇腹に刺突が放たれた。


 が、しかし──。


「檄甘ァ!」


 それを読んでいたのか、屈んだカリンの顔の前に、すでにザクロの鋭い蹴りが放たれていた。


「──ゴッ」


 ザクロの爪先が見事に顔面に炸裂し、カリンの肉体は後ろへ弾け飛んだ。

 食らわせた衝撃、その威力が凄まじい。カリンの脳を揺さぶり、浮いた体が竹林にぶつかって跳ね飛ぶ。


 だが、カリンも死合慣れしている。飛びそうな意識を寸手のところで手繰り寄せたのか、猫のように体を翻して着地して見せた。


「よくも──ッ」


 鼻から溢れ出る鮮血を痺れる手で拭いながら、カリンは相貌に憤怒の色を浮かばせた。

 その様子を嘲笑し、ザクロは刀の柄についた手汗を袖で拭い取る。


「奢るなよカリン。五女が三女に渡り合えると思うな」


「面倒が過ぎる……ザクロ、結果は同じだ。逃げられない。母上の〝居る〟この村からは出られはしない。お前が一番よくわかっているだろう?」


「…………」


 カリンの問いかけに、ザクロは沈黙をもって応える。

 その通りだ。羅刹らせつの喉奥に生える鮮花あざばなの生物としての性質がここを離れることを許さない。


 鮮花は超常の力を振るう奇跡の花である一方で、生に執着する生き汚い花でもある。自分より強い花が側にいれば、その花に食べてもらい、より強大な〝個〟として生き長らえるか、守ってもらうように努めるのだ。


 もし、その本能を無視してこの村を離れれば、頭痛に目眩、嘔吐に加えて、虚脱感、脱力感に苛まれて立っていられなくなる。挙げ句の果ては麻薬の離脱症状に相当する渇望が胸に去来して、急いでここへ帰ってこざる終えない衝動を宿主に与え続ける。


 幼少の頃から何度も試したことだ。結局、一週間ともたずここへ帰ってくる羽目になった。

 しかし、それでも、村から出られなくとも──。


「お前みたいな雑魚しか差し向けてこないなら、十年でも二十年でも生身を維持できそうだ」


「貴様ァッ!」


 容易く挑発に乗ったカリンが激昂して、悠然と構えるザクロの元まで突貫する。 


 ──馬鹿が。転がしておしまいだ。


 姉妹がどんなに壮絶な回復力を持っていたとしても、弱みは人間と変わらない。脳を揺らしてやれば立てなくなる。

 がむしゃらに突撃してくるカリンの顎に、素早く一撃を叩き込もうとした。


 その寸前。


「──グッ」


 ザクロは左足に走る鋭い痛みに呻いて一瞬動きを止めた。

 蛇だ。黒い縄のような大蛇がザクロの足にがっぷり噛みついている。


「こいつはッ」


 四女のモモの能力──『蛇の出産』。


「ハハハハハッ! 油断しとーとなぁ、馬鹿ザクロォ!」


 竹藪の奥から、モモが高らかに嘲笑を響かせて迫り来る。

 このまま二人相手は分が悪い。ザクロの思考が加速して、勝利への筋道を導き出す。

 眼前で刀を振り下ろしたカリンの一刀を弾き、素早く足に噛み付いた大蛇の首と胴を両断。

 カリンが次の一刀を振り下ろす寸前、ザクロは足で小石を蹴ってカリンの顔にぶつけた。


「クッ、小癪こしゃくな」


 上手く眼球に石が命中したのか、カリンは袖で顔を覆って三歩後退する。


 ──時間が稼げた。


 ザクロはカチカチと喉を鳴らして鮮花を開き、右腕に素早く刀身を走らせる。

 負傷した傷から一匹の羽虫を産み出すと、羽虫をむんずと掴んで自身の首に密着させる。


「刺せ!」


 即座に羽虫の毒がザクロの体内に注入され、命の灯火と猛毒の闘争が始まる。

 ザクロの顔から稲妻のような血管が浮き出し、眼球は赤黒く染まって血煙を上げた。


「阿呆がッ、切りようとなぁ、切り札を!」 


 モモから放たれた横薙ぎに振るわれた凶刃を、ザクロは視界の端に捉える。爆発的に身体能力を向上させたザクロの前では、それはひどく遅い。

 難なく弾いて、素早く腕を上段に置いた。そのまま袈裟斬りにモモの胴体に目掛けて白刃を走らせる。


「うおッ、あっぶなか!」


 皮一枚のところで身を捻って躱したモモに、ザクロはさらに一歩踏み込んでから全体重を乗せた真っ向切りを放つ。

 その一刀は肩口を切り裂いて鮮血を散らすも、真芯を捉えることなくモモを後退させる。


「カァアッ、相変わらず毒に侵されたザクロ姉はバリ強かねぇ!」


 肩口から火花を散らしたモモは、あくまでザクロを小馬鹿にするように笑っていた。


「ヨユウダナ、テメエ」


「当たり前ちゃ。追い詰められとうのはキサンの方や」


 その通りだ。羽虫の毒の効果が抜ければ、ザクロの運動能力は著しく低下する。母が施した回復力の燃焼は、肉体に大きな負荷がかかるからだ。


 切り傷や刺し傷の回復程度なら動きに精細を欠くことはないが、全身に回った毒の排出はとにかく負担が大きい。その日の体調によっては、強烈な眠気に襲われて意識を失ってしまうほどの代価となる。


 時間をかければ詰むのはこちら。眼球を拭い終わったカリンも加わって、闘争はより激化してしまう。だから──。


「サッサト、オワラセル」


 ザクロは飢えた獣の如く駆けて、熾烈な闘争へと身を投じた。

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