第2話 舞踏会、始まる。

 永遠の、無。

 女神様の口から放たれた言葉は実感もなく、しかし、かなり重くのしかかった。

 受け入れられたとは言わないが、これが夢にしろ現実にしろ、とりあえずは進まなければなるまい。

 「それで、どこへどう俺は転生させられるんだ?」

 しばしの沈黙の後女神様に問いかける。

 「そう聞くということはドライバーへの転生を望む、と解釈してよろしいでしょうか?」

 俺は、静かに頷いた。

 「わかりました。これからあなたではない肉体にあなたの魂を植え付けることになります。あなたの自意識……いえ、もはや前世の状態、と言った方がいいでしょう。前世での性格や記憶、そしてここでのやり取りは魂に刻まれたまま転生します」

 女神様がまた長々とご丁寧に説明をしてくれたが要約をするとこうだ。

 顔や体型はそっくりそのままではなく、女神様パワーで生み出した別の人物として生きることになる。

 しかし、その世界には最初からいたことになっていて死んだ時までの年齢、性格、記憶は前世のまま。

 時代も前世と同じなのでギャップに悩むことはないとのことだ。

 そして俺の魂が入ることになる肉体、つまり器はイレギュラーとして突然存在することになるので、現世にノイズが発生する。

 そのノイズを極力小さくするために、異世界転生するわけではないが女神の加護が与えられるというのだ。

 その加護はチートというわけではないが、関わる人々に俺がそこに最初から存在した者として認識させる改竄の力、だ。

 異世界トラックドライバーとしての役割など詳細についてはこれから俺が新入りとして行く機関で説明があるという。

 OJTのようなものがあるのだろうか?

 「あー、疲れた」

 一通りの説明を終えると、いきなり背もたれに思いっきり体重を預けるように座り直し、両腕を肘掛けに乗せ、上を見上げる女神様。

 「私だって、こんな面倒なことしたくないっつーの、ったく。最悪、今回担当したドライバー誰よ……。あっ、カザキリ、か」

 初めて会った時と同じような不機嫌モードへ突入。

 説明を終えた後、俺を置き去りでぶつぶつと不満を口にし出し、俺はというとポケーっと突っ立っている他なかった。

 ん?今、人の名前みたいなん、言わなかった?

 「あの、今、人の名前っぽいの呟きましたけど……その人が俺を……?」

 声をかけられた女神様はあっ!とした表情を浮かべ、わざとらしく誤魔化そうと口をもごもごさせているご様子。

 「いや、うん、今のは違くて、とりあえず、行ってみよっか?」

 と引き攣った笑顔のまま言うと、右手の人差し指を上に向け、何やら短い呪文のような言葉を唱え始め───。



「と、いうわけで!今日から我々機関で働くことになった……ふわ……」

「りょうたろうです」

 咄嗟に名前を言い頭を下げたが、なんだここは。

 さっき女神様に質問をしたかと思いきや、男女それぞれ2名、そして俺の隣におじさんが立っている謎の場所に突然、いた。

 人数分のデスクがあり、壁にはカレンダーとテレビが一台。

 書類を保管する本棚などはなく、マンションの一室のような空間。

 事務所にしては殺風景すぎる。

 俺が頭を下げた後に彼、彼女達は軽く会釈をし、無言でバラバラにデスクへ戻る。

 なんだか気味悪いが、ここが女神様の言っていた機関、という組織の事務所なのだろう。

 「いやはや、すまんね、ふわ君。みな久し振りの新入りで緊張しているんだろう。改めまして私はさかざき、さかざき ともや と言って機関長を任されている者だ。まあ、ここのリーダーで君の上司、だね。よろしく頼むよ」

 俺の肩をぽんっと叩くと、さかざきさんは人の名前を呼んだ。

 呼ばれたらしい本人がこちらへ顔を向け、無言でデスクから立ち上がりやってくる。

 サラりとした黒髪は肩よりも短く、左右に分けた前髪のせいかくりっとした目が小柄な彼女を引き立たせようと目立っていた。

 なんというか、守りたくなる、そんな印象を抱くような女性だ。

 「とよさきさん、ふわ君のサポートパートナーを頼むね。ふわ君、仕事の内容とか、この業界のことはこのとよさきさんから教わるといい。それじゃ、あとはよろしく」

 そう言って、さかざきさんは手を後頭部にやって抑えながらスタスタと事務所から出ていってしまった。

 「あのー、とよさき、さん?さかざきさんは一体、どこへ……?」

 「多分ねー、パチンコ!君はふわ君って言うんだね!よろしく!」

 業務中にパチンコができる、というのか?なるほどここはエデンらしい。

 「よろしくお願いします、ところで……」

 「そうだ!機関からスマホ支給されてるでしょ?貸して!」

 言葉を遮るように手を顔の前まで伸ばしてきた。

 まあ、いいか。そういえば、スマホをさかざきさんから受け取っ……え?

 存在しない記憶が、自然に浮かんできた。

 俺は、もう俺ではないんだな。

 生ぬるい実感を抱き、着替えた覚えのないズボンから受け取った覚えのないスマホを取り出すと、とよさきさんへ差し出す。

 得体の知れない気持ち悪さがゾゾっと全身を包み込んだ。

 しかし、それでも、やらなければならない。

 異世界転生校者達を轢き殺し、この薄気味悪い現実から俺の人生を取り戻す!

 ここまで来ると、もう吹っ切れるしかない。

 「あんがと!じゃ、私の連絡先登録しとくね!あと、この仕事については、うーん、まあ、実戦あるのみ、って感じで!」

 手慣れた手つきでスマホを操作し、俺に渡すと、

 「私のことはさっちゃんって呼んでね!みんなそう呼んでるから!」

 と言ってデスクへ戻ってしまった。

 手持ち無沙汰になりスマホを開こうとしたその時だった。

 チリン、という通知音と共に、任務発生というメッセージが表示された。

 「あー、早速だね!てかさかざきさんがもうクエスト受注するなんて……」

 ぼそぼそとスマホを見ながら呟くさっちゃん、他の3名は口を開かずスマホを見つめている。

 場所の圧を感じるこの空間が……こ、怖い。

 てか、え?クエスト?何?疑問を解決すべく

 「あの、さっちゃんさん」

 と声をかけると、

 「さっちゃん!ね!さんはいらないよ、ややこしい!ぼさっとしてないで、ほら、出動!」

 さっちゃんに続いて何も分からず、出口へ向かう。

 俺は出入り口を知らないのに、知っていた。

 扉の外は地獄、じゃないだろうな。

 ドアノブを握る手に力が入る。

 扉がキィーと甲高い音を鳴り響かせ開けた視界に飛び込んできた景色は───。

 「すんごいでしょ!これ!」

 さっちゃんの得意気な顔だった。

 そして、その背後に豪華絢爛なデコトラが、一台鎮座していたのだ。

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ハードラック・ダンス〜異世界転生トラックドライバーの日常〜 兎柱 @G_man19

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