ハードラック・ダンス〜異世界転生トラックドライバーの日常〜
兎柱
第1話 俺は不運と踊っちまった。
衝撃は、ある時突然正面から降ってくる。
そしてそのある時が、人によっては最期の瞬間になってしまうのだ。
人生を悔やみ、部屋の電気を消したかどうか思い返し、親兄弟へ別れの言葉を遺したかった、そんなことを思う刹那すらない。
しかし、その瞬間はただ時間がゆっくりと過ぎていくような感覚を味わい、死ぬことが避けられぬ現実として存在することを嫌でも突きつけられ、ある時を迎える。
───ドシャッ。
ハンドルに伝わる鈍くぬるい、'''何か'''が潰れた感触。
「何度経験しても慣れねえな」
フゥッと一息ついた後で俺はスマートフォンを手にして仕事完了の連絡を入れる。
こうして俺は、また1人この世から人を消し、そして生んだ。
※
「なあ、人間って死ぬ時どんなんだろうな」
まだ陽が長く、影もその分伸びていた季節。
セミの騒音が耳を通り過ぎて、どこかの家の軒先でチリンと鳴った風鈴が風情を運んでくる。
そして帽子の中で頭が洪水を起こしているのではないかと思うほど、垂れ流れる汗。
しかしそんな汗を気にすることもなく、陰を踏み外したら死ぬゲームをしながら下校していた、そんな小学生の頃の一コマ。
相手の名前も顔も覚えてすらいないのに、ずっと残っている言葉。
俺、この後なんて返したんだっけ?
なあ、あの時の誰か。
今はもう名前も顔も思い出せない、元クラスメイト。
元気にしているか?
俺は、今お前の言葉に返すならこう言うだろうさ。
人間の最期ってのはな、こんなn───。
ドシャッ。
※
目が覚めたら病室、ありきたりな情景、見知らぬ天井。
ベッドの淵に手を着きながらぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔に微笑みを浮かべる両親。
そんなことを期待したが、叶わず無機質としか言いようがない'''空間'''に俺はいた。
あたりには壁もなく、ただコンクリートのように冷たい真っ白な地面が水平線の彼方まで続いているような場所。
ただ、太陽も空もないのに明るさだけは夏の昼のようだ。
「あー、あなた、ふ……ふわ……ふわ……名前、なんて読むのよ」
声の方に顔を向けると、玉座と言われるような無駄に飾ったドデカい椅子に鎮座する女性がいた。
髪は透明感のある水色でスラっと伸びており、目はパチクリとガラス玉のように美しい。
雪のように白い肌で纏われた腕を肘掛けに押し付け、ムスッとした表情で頬杖をついている。
まあ、俗に言う美少女である。
「ふわ りょうたろう、と読みますが……あの、ここは?」
植物人間になって夢でも見ているのだろうか。
とりあえず至極当然の質問を投げかけてみる。
「あー、りょうたろうって読むのね」
なんだか宙に浮かぶモニターのようなものを凝視しながら何やら不機嫌そうに操作を続け、質問には一向に答えない。
「あの、すみません、あなたは誰でここはどこなのでしょうか?」
「うーん、まあなんていうか、あの世とこの世の境目?みたいなところよ。私は閻魔大王、みたいな?女だから大王ではないけれど」
こちらに視線を合わせず、空中モニターを指先で気だるそうに操作している。
答えてはもらったが、答えになっていないような、腑に落ちない感じ。
だが、これ以上質問しても期待した答えが貰えそうにもないので気まずく俯き地面を見ていると、
「あっ、やっべー、間違えたのかしら」
閻魔大王様が口を開く。
間違えた?何を?
何も理解できない状況で、頭が追いつかないセリフ。
もう諦め思考を停止し、新台打ちたかったな〜などと思っていると再度閻魔大王様が
「ふわ、さん?ごめんね、本当は同姓同名の別の人を轢き殺すつもりだったんだけど、間違えちゃったみたい」
と口を開く。
先ほどまでの不機嫌モードはどこへやら、何やらバツが悪そうに説明を始めたがもちろん何も理解できない。
「間違えて、轢き殺した?ええと、すみません、何も理解できていないんですが」
確かに俺は仕事で疲弊した帰り道、横断歩道を渡っている途中信号を無視してスピードも落とさず突っ込んできたトラックに轢かれた、のだが。
「ええと、そうね、最初から説明するわね」
閻魔大王様はコホンとひと咳して居直ると、現状について長々と説明を始めた。
ここは現世で亡くなった人を異世界に送る前にその人の魂が訪れる転生の間、と呼ばれる場所で転生後の異世界で生き抜くためのスキルとやらを付与し、魂を異世界へ送りつけるために存在している。
そして、ここへは誰でも来られるわけではなく、異世界転生候補者を異世界転生させるため専門の機関が見繕った候補者をトラックで轢き殺し、その人の魂だけが来られるのだと言う。
めちゃくちゃである。
そして俺は、今回同姓同名の候補者と誤って轢き殺されここに連れてこられたとのことだ。
めちゃくちゃである。
「それで、俺は異世界に送られるんですか?」
まだ夢のような状況を完全に飲み込んだわけではないが、気になり質問をすると、閻魔大王様はうーん、と唸り気まずそうにしながら
「異世界転生候補者でないあなたを異世界に転生させることはできません。機関のトラックに轢かれた人の魂はとりあえずここに送られることになっているのですが、まず間違いが起きることはないので……今までにない状況で……ええと、マニュアル……」
閻魔大王様───いや、もう女神様でいいか。
女神様は苦悶の表情を浮かべテンパっていた。
当事者の、俺よりも。
「マニュアルにも該当事案の対処について記載はありません……」
「それじゃ、」
それじゃ、俺は何のために轢き殺されたのか?
死んだ?何の意味もなく?
背筋が凍り、その現実を受け入れられない感情が溢れ出てくるが、俺という体の実態はあるのに生理現象は起きない。
そうか、もう、魂だったか。
空っぽな嗚咽をする俺を哀れんだか
「まだ、手はあります」
女神様が、今度は力強い目で俺を見つめながら、かつ、おどろおどろしく口を開く。
「あなたが、異世界転生候補者を轢き殺す、異世界転生トラックドライバーに転生するのです」
「はえ?」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
「俺に人殺しをしろって?!」
思わず強い口調で返してしまうが、それでも女神様は怯まず続ける。
「あなたは私たちのミスで死んでしまった。しかし、その過去を変えることはできません。でも未来を与え、そしてその未来で功績を積めば望んだ世界を手に入れることができる、そのためには異世界転生トラックドライバーとしてこの理に貢献するしかありません。徳ではなく、業を積み、見知らぬ世界を救うことで魂は解放され、あったはずの未来を生きられるように私が細工することはできます」
意味不明すぎてよく分からん、何が言いたいのかどうなるのか、理解が追いつかない。
「つまり……?」
「異世界転生候補者を轢き殺し異世界転生させ、救った異世界の数だけあなたの魂は、積んだ業の分だけ現世との結びが強くなり、私の力で望む世界に還ることができる……。そう、望むならばあなたが生きるはずだった人生へ戻ることができるのです」
めちゃくちゃである。
元の人生へ還るために他の誰かを轢き殺し続けなければならないのだ。
「もし、断れば?どうなるんだ?」
俺の問いに女神様はゴクンと唾を飲み、こう言った。
「永遠の無が、訪れます」
選択の余地は、なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます