第41話【約束の日の朝】

「リタ様、今日のデートはどこに行きますか?」


 食堂で朝食をとっている最中、隣に座っていたエミリーが笑顔でそう問いかけてきた。


「あ、そっか。今日だっけ」

「忘れてたんですか……」

「ご、ごめん。最近ちょっと考え事してて」

「……別にいいですけど」


 そう言いつつも、拗ねたようにそっぽを向かれてしまった。


 リュギダスのことを考えていてエミリーとの約束を忘れるなんて我ながらなんて失礼な話だと、リタは猛省する。

 両手を合わせて頭を下げるリタを見て、エミリーは仕方ないという風に溜め息をついた。


「前に食べたケーキで手を打ちましょう」

「そんなのでいいの?」

「そんなのとは何ですか。私にとってはどんなご馳走よりも価値のあるものなんですよ」


 前に食べた時は、大したことない的なことを言っていた気がするけど……まあ、そこからエミリーにはかなりの心境の変化があったんだろう。


 そんな話をしている時、アイリが「あの、ここ座ってもいいかな」と、遠慮がちに声をかけてきた。

 彼女は先ほどまで少し離れた場所でクラスメイトたちに囲まれていたのだが、リタが目を離した隙にその輪から抜け出してきたらしい。


「みんなの方はもういいの?」

「うん、ニコロが来てくれたから」


 見てみると確かに、輪の中心がアイリからニコロに代わっていた。


「……あまり悪いことは言いたくないですけど、クラスの皆さんってミーハー気質ですよね」

「そう?」

「だって、さっきまでアイリに色めきだっていたかと思えば、今はリンナイトに夢中じゃないですか」


 リンナイト……リタは、ニコロのファミリーネームを久しぶりに聞いた気がした。


「それは仕方ないよ。アイリもニコロも魅力的だから」


 リタだって転生という事情さえなければ、あの輪の中で二人をもてはやしている側に回っているようなタイプだ。


「理解しがたいです……あ、これはアイリたちに魅力がないと言っているわけではないですよ」

「うん、大丈夫だよ。お気遣いなく」


 ぺこぺこと頭を下げて答えるアイリは、まだエミリーと話すのは緊張するのかもしれない。


「複数の人に媚びるような態度をとる人間の気持ちは理解し難いということです。あの人たちは、アイリとリンナイト、どちらのことが好きなんでしょうか」

「普通にどっちも好きだと思うけど」


 そもそも二人とも魔法の実力があり、かといってそれを驕ったりもせず、穏やかで優しい性格をしていて、しかも美男美女ともなれば、そろって人気が出るのも無理はない。

 しかしエミリーはどうもそれが気に入らないらしい。


「大好きな人は一人だけであるべきだと思いませんか?」

「んー……それはまあ……人それぞれじゃない?」


 エミリーに答えながら、リタの視線は無意識にアイリの方へ移動していた。

 推し的な話で言うと、前世のリタは『アイリ』を知る以前は推しがいなかったし、彼女を好きになってからはずっと彼女一筋なので、エミリーの言うことも分からなくはない。


「恋とかの好きってわけじゃないんだし、友達としての好きはいっぱいあってもいいんじゃないかな」

「それはそうかもしれませんが……ただ、私がリタ様を一番お慕いしている気持ちは揺るぎませんから!」


 なんだかんだ言いつつ、エミリーは結局これが言いたかっただけなのかもしれない。

 唐突な告白に苦い笑いを浮かべるアイリから、やたら真剣な表情をしているエミリーへと視線を戻しつつ、はぐらかす言葉を考えていたリタの頭上で、鈴を転がすような声がした。


「リタ・アルベティさん、少しお時間よろしいかしら?」

「ほえ?」


 見上げた先にいたのは、見覚えのある青い髪をした少女。

 レイラ・スフィノ——ラミオガールズこと、ラミオの取り巻きの女子生徒の一人だ。騒がしい他二人とは違い、静かなタイプであまり大声を出したところを見たことがない。


「えっと……なにか御用ですか?」

「ええ。でも、ここでは少し……、場所を変えてもらってもよろしいですか?」


 リタが二人に視線を向けると、揃って首肯してくれた。行ってこい、の意である。



 レイラが果たして自分に何の用なのか——薄々嫌な予想はしたものの、その後に大人しくついて歩くリタ。

 途中、レイラが思い出したように言った。

 

「今更ですけど……年もあまり変わりませんし、堅苦しい言葉遣いはいりません。私の喋り方は癖なので気にしないでください」

「あ……うん、分かった」


 この学校では、同時期に入学しても年齢の差が開いているのが一般的だし、なおかつ周囲は基本的に貴族ばかり。彼らと接する際、話し方は最も迷うところなので、向こうからそう言ってもらえるのは正直助かる。



 

 レイラに連れられて来たのは、校舎の裏手にある古い大木の前だった。日の当たらないこの場所は普段から人気が少なく、休日である今日もそれは変わらない。

 

 個人としてはこれといって接点のなかったレイラの呼び出し——だが、リタはこの場面に覚えがあった。

 頭の中に、何度もプレイしたゲームの一場面が蘇る。

 それはラミオルートでの出来事。食堂で突然レイラに呼び出された主人公は、レイラから問われる。


「単刀直入にお聞きします。あなたは、ラミオ様のことをどう思っているんですか?」


 思っていた通りの台詞を、レイラは口にした。

 そのことでより確信を持つ。これはゲーム内と同じ展開——だが、ゲームと同じ事象が起こることを今更気にしたりはしない。


 ちなみにこれはⅠにあるラミオルート内の展開。『リタ』が主人公になのはⅡなので、本来この問いかけをされる主人公は『リタ』でなく『アイリ』だ。ⅡはⅠのifルートで大筋のストーリーは大体一緒なのだが、流石に細かいイベント全てが同じというわけではない。

 まあ、ⅠもⅡもifなだけで同じ世界だから、イベントが混在してることも今更気になることでもない。


 ただ、何故ラミオルートなのか。

 もしかして、建てたつもりのないラミオのフラグが建っているのと同じで、強制的にラミオルートに進まされているんじゃないだろうな。このまま無自覚のままラミオエンド直行なんて、冗談じゃない。

 ……ちなみにこれはラミオが嫌というわけではなく、今のリタは恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないからだ。

 

 そこまで考えて、リタは否定するように首を振った。


「良いご学友かな」


 そして、ゲームとは違う台詞で答えた。

 ゲームではここで選択肢が表示され、【お慕いしています】を選ぶと、主人公がラミオへの気持ちを自覚する展開になる。


「しかし……ラミオ様があなたを好いていることは承知してますよね?」


 返事を変えた影響か、レイラの反応もリタの知るゲームのものとは違ったものになっていた。

 これでラミオルートの展開から少しでも逸れてくれればいいのだが。


「ラミオ様の気持ちがどうであれ、私はそういう対象として考えたことないから」


 言い終わってから、この言い方はなんだか偉そうな気がして、リタは急いで「畏れ多すぎて」と付け足しておいた。


「……立場の違いが分かっている割には、ラミオ様に対して随分と粗雑な対応をしている気がするのですが……」

「あれは、なんというか、ラミオ様の寛大さに甘えてしまった故の態度というか。私、親しい人にはあんな感じで粗雑になっちゃうタイプだから」


 レイラの鋭い視線に居心地の悪さを感じ、リタは湿り気のある地面を靴で蹴って気をそらした。


「レイラはラミオ様が好きなんだよね」

「……好きだなんて、そんなこと簡単には言えません」

「そっか……私の立場で言うのも何だけど、応援してるよ」

「……本当に、どの立場からという感じですね」

「で、でも、本当に応援してるから」


 確かにラミオに好かれているリタが言うのは、無神経だったかもしれない。

 言葉を間違えたことを後悔していると、レイラはリタに背を向けて、来た道を戻っていった。怒らせたのかと思い、リタは慌ててその後を追いかける。


「話はそれだけです。お時間をとらせてすみませんでした」

「それは全然いいんだけど……あの、私、本当にラミオ様にはそういう意味での好意はないから。立場をわきまえてるから」

「何度も言わなくても分かっています。ラミオ様に関心がないなんて、変わった方ですね」


 前にエミリーにも似たようなことを言われた気がする。

 しかし言葉は冷たいものの、覗き見たレイラの表情は怒っているようには見えない。リタはそのことに安堵した。


 ラミオルートのこの展開は、主人公がラミオへの想いを自覚すると同時に、そのことに気が付いたレイラが、主人公への嫉妬と憎悪を増してしまうイベントでもある。この憎悪が終盤の展開へと続く、重要なシーン。

 だからゲームと同じように彼女の反感を買うことは避けたかった。


「あの……レイラ、今度一緒にお茶とかどう?」

「あなたと馴れ合うつもりはありません」


 つれない態度にめげそうになりつつも、二言三言話しかけると一言返してくれるくらいの頻度で会話を続けながら、二人は食堂まで戻ってきた。



 食堂の入り口でレイラと別れ、アイリの元へ戻ると、そこには彼女の姿しかなかった。


「あれ、エミーは?」

「部屋に忘れ物したって。すぐ戻ってくるから、リタ様は食堂で待っていてください☆って言ってたよ」


 アイリはカップに入った紅茶を一口飲んでから、「なにか約束でもあるの?」と首を傾げた。


「そっか、言ってなかったっけ。今日はエミーとお出かけするんだ」

「あ、だからあんなに嬉しそうだったんだ。……そっか、お出かけかぁ」

「アイリ?」


 声のトーンが若干落ちた気がして、リタはアイリの方を見た。

 彼女は視線をあちこちに移動させつつ、両手で包むように持っているカップについた水滴を指で拭っていた。見るからに、何か考えているのが分かる。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。……私は部屋の掃除でもしようかな」

「……」


 あれ、と思った。リタは今の台詞を知っているから。

 アイリは何か気になることがある時や考え事をする時には、掃除をする癖がある。

 だから本編のアイリも、何度か今みたいなことを言う時がある。そんな時は決まって、なにか悩みがある時だ。


「あの、本当にどうかしたの?」

「え、ううん? どうもしないよ」

「なにか悩みがあるとか」

「どうしたの急に。悩みなんてないよ」

「そっか……」


 笑顔で言われてしまっては、それ以上追及することも出来なかった。

 何故急にアイリの悩みが生まれたのか。

 ——先ほどまでの会話の内容を思い出すと、思い当たることは一つしかなかった。


「もしかして、アイリも一緒に買い物に行きたいとか思ってたり?」

「……」


 答えこそなかったものの、分かりやすく肩が震えていた。


「なんだ、それならそう言ってくれればいいのに」

「言えないよ……エミー、すごく楽しみにしてたし。邪魔できないでしょ」

「邪魔なんてこと」


 無い——と言おうとしたけど、のみこんだ。これはリタの気持ちであり、エミリーが同じとは限らないから。

 リタにとっては友達とのお出かけ感覚だが、エミリーはデートだと言っていた。そこに第三者が介入してきて、快く思う者はそういないだろう。


「……それなら今度、改めて三人で出かけるとか」

「うん、それがいいかも」


 アイリは頷いた後、ふと何かを考えるように視線を上に向けた。


「……今更だけど、王族の方を気軽に誘うのってどうなんだろう」


 それは本当に今更だが、リタは最近その思慮さえなくしかけている。


「でもアイリは、エミーと仲良くしたいんでしょ? エミーもそう思ってると思うよ」

「それはそうかもしれないけど……でもお互いの気持ちだけで、立場の違いは無視できないよ」

「そういうものかなぁ」


 納得いかない様子のリタに対し、アイリは「そういうものだよ」と答えながら、席を立った。


「部屋の掃除、この際だから本当にやっちゃおっかな」

「あ、私の荷物は邪魔だったら適当にどけといて。捨てられて困るものはちゃんとしまってあるから」

「分かった。ゆっくり楽しんできてね」


 そう言って、アイリは食堂を後にした。



続く

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私が転生したのは推しの敵役でした ~新旧主人公が仲良くなったなら~ 北条S @ho-jo-s

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