第40話【何かがおかしいような、そうでもないような】
翌日の昼休み、リタは用事があると嘘をついて、エミリーより先に食事を終え、食堂を後にした。
ちなみにアイリはクラスの子たちに誘われ、二人とはやや離れた席で食べている。
まず向かった先は理事長室。ノックしてみるも、返事はない。
「すみませーん」
しつこいと自覚しつつも、もう一度ノックしてみるが、やはり反応はない。
理事長がどんな生活を送ってるかは分からないが、昼休みなのでどこかに食べにでもいっているんだろうか。
放課後にでもまた来てみるか、とリタが思ったところで、通りがかった女性の先生が声をかけてきた。
「あら、理事長に用事?」
「あ、はい。ちょっと聞きたいことがあって」
「理事長ね、今出張中なのよ」
「またですか!?」
「えっ、ええ……まあ、お忙しい方だから。でもここ最近は入学式とか諸々あったから、出張自体は久しぶりなんだけどね?」
リタの剣幕に若干引きつつ、早足で立ち去っていく先生。
感情的になってしまって申し訳なかったが、ホリエン内では何度も何度も遭遇したシーンだから、つい叫んでしまった。
たとえば、校内に保護魔法を破れる強力な魔物が立ち入ってきた時も、理事長は出張中。
例の組織のリーダー的存在と戦うことになった時も、理事長は出張中。
ラスボスであるリュギダスが暴走した時ですら出張中していた始末。
まあゲーム的に考えれば、主人公たちだけで敵に立ち向かうのが当たり前なので仕方ないのだが、こうも毎回どこに何をしに行っているのか謎なので気になる。
とりあえず理事長が帰ってきたらまた話をしたいところだが、果たして目的の日までに彼に会えるのかどうか。
もしかして彼の力を借りられないのも、リタがアイリと出会ってしまったような「変えられない出来事」の一つだったり――だとしたら、色々と最悪過ぎるのだが。
そんなことを考えながら次にリタがやって来たのは、校内にある地下室の前。
厳重な鎖と鍵がかけられ『立ち入り禁止』の張り紙まであるそこが、リュギダスの封印されている場所だ。ここまで大げさにしてあるのは、悪戯好きの生徒が間違っても中に入ってしまわないようにするためだろうか。
「でもこんなあからさまに立ち入り禁止感出されると……逆に入りたくなる人もいそうだけど」
まあ実際は扉に強力な保護魔法がかけられているので、相当の実力者じゃなければ、誰にも気付かれずに開けること自体不可能だ。
なお地下室には封印されたリュギダスだけでなく、貴重な魔導書や魔法石なんかも保管されている。
そのため職員室にある鍵で開けることが出来るようになっていて、ゲーム内で例の組織の生き残りは、その鍵を使って侵入していた。
「とりあえず今のところ、鍵は開いてなさそうだけど……」
とはいえ、今のリュギダスは魂だけの状態。加えて奴は長年の封印で相当弱ってるにも関わらず、保護魔法をすり抜けられるくらいの強さは残っているので、誰に気付かれることなく出てきている可能性は十分ありえる。
「んー……やっぱり適当に探したところで、あいつがどこにいるかもさっぱり分かんないしなぁ……」
理事長に会えないのでは、上手いこと言ってこの地下室に入れてもらうことも難しいだろう。まあ会えても入れてもらえるか分からないが。
悪魔は、人間程度、もしくはそれ以上の知能を持っているらしいので、そう簡単に正体を明かすような真似もしないだろうし。
そもそも奴はラスボスとして登場するだけなので、ゲーム内での出番が少ない上に設定などが語られることも少なかった。
分かっていることといえば、人間を激しく恨んでいること、対象を散々いたぶってから命を奪うことを好むなど嗜虐的な性格をしていること、あと傲慢で、やたら自己主張が激しいことくらいだろうか。
「まさか一年目からこんな心配することになるなんて……」
ホリエン内でリュギダスが襲い掛かってくるタイミングはⅠとⅡ共に、三年生の期末試験の時だ。
しかし封印がゲームよりも早い時期に解かれたことを考えると、襲来のタイミングも早まっている可能性がある。
つまり最短で一年生の期末試験――あと一ヶ月ちょっと後。
封印で弱っている状態とはいえ、ゲームのラスボスにあたるキャラだから油断することは出来ない。準備は万端にしておかないと。
「リタ」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたのは小柄な少年だった。
彼の名は、ウィル・ロデリタ。毛先だけやや赤みの強いピンク色の髪と、小脇に抱えた分厚い本が特徴的。若干目にかかるくらい長い前髪のせいで、実際の性格よりもやや暗めの印象を受ける。
「君が一人なんて珍しいじゃないか」
「実は割とぼっち寄りなんだけど……そっちこそ一人なの?」
「ああ、ニコロが女子生徒に呼び出しを受けたからね。流石についていくわけにもいかないだろう」
答えの通り、ウィルはニコロとよく行動を共にしている親友だ。
彼は不愛想というわけではないが、積極的に会話に参加してくるタイプでもなく、大抵は黙ってニコロの横か後ろに佇んでいることが多い。
そして、実はウィル自身もホリエンの攻略対象の一人だ。
Ⅰではサブキャラクターとして登場したが、ファンからの人気が高かったためか続編のⅡでは見事攻略対象に出世したという経緯がある。
リタは極力攻略対象たちに近づかないよう心掛けているが、ウィルにいたってはクラスメイトであり、ニコロの親友。さすがに避けようがなく、今までも何度か会話をかわしたことがある。
「……ところで、君はこんなところで何をしてたんだ?」
ウィルの視線の先には、地下室の扉。
確かにお昼休みにこんなところで突っ立っているのは、怪しい人以外のなにものでもない。
「えっと……なんかさ、この地下室って入ってみたくなるオーラすごくない?」
「まあね。この中には有名な魔導書もあるらしいし……個人的にも一度くらいは入ってみたいものだけど」
「私もそう思ってつい立ち止まって考えてたんだよ」
「……君、まさか泥棒みたいな真似しようとか考えてないよね?」
「まさかまさか!」
むしろその真逆で、入りたくもないし、本当なら見たくもない。
「ところで、いつも一緒のアイリは?」
「アイリはまだ食堂。今日は別行動なんだ」
「そうか……残念だな。ニコロの件を伝えて、反応でも見ようと思ったのに」
「え、なんで?」
「それでどう思われてるか大体分かるだろ? 好きな男が他人から呼び出しを受けて良い顔をする人なんてそういないだろうからね」
「あー……」
ウィルは、親友であるニコロの恋を、からかいながらも割と積極的に応援している。これはゲームでもそうだった。
「君の目から見て、脈はありそうかい?」
「ばっちり……とは言えないかもね、ニコロには悪いけど」
「まあ、そうだろうね。どう見ても友達……いや、最早家族の域にまで到達して、逆に対象から外れてそうだもんな」
「ニコロもなんだかんだ消極的だからねぇ」
「ああ……、でもあいつ、小さい頃から常に女子に囲まれていても揺れることすらなかった、健気な男なのにな」
「結ばれてほしいもんだよね」
ウィルと二人そろって、うんうんと頷く。
時を同じくして、見知らぬ女子生徒から告白じみたことをされていたニコロは、くしゃみをして首を傾げた。
「ところでウィルこそなんでこんなとこに? ご飯はもう食べ終わったの?」
「今日はお腹が空いてないから食べないことにした。その分、図書室に行こうと思って」
四時限目は常に空腹と戦っているリタにとって「お腹が空かない」というのは大層なパワーワードだったが、ウィルの性格を考えれば、それほど驚くことでもないかもしれない。
彼はとにかく本を読むことや勉強が大好きで、理由は全然違うがアイリと同じくらい座学に特化してる。
そんな性分なので、食欲よりも知識欲のほうが勝つんだろう。
「ちゃんと食べないと倒れちゃうよ。飴でも舐める?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、また教室で」
リタから受け取った飴玉を握った手を軽く振り、図書室の方に歩いていくウィル。
その後ろ姿を見つつ、よくよく考えてみると、彼のルートでもアイリはお馴染みの流れで退学することになるのだがーーニコロの恋を応援しているウィルにアイリが想いを寄せることになるというシナリオは、割と惨いんじゃないだろうかと、リタは今更ながらに痛感した。
「やっぱあの時の制作陣はどうかしてるよ……」
「なんの話?」
「そりゃⅡの酷さの……って、あ、アイリ? あれ? まだ食堂にいたんじゃ……?」
「食べ終えたから、次の授業の教室に行く途中だけど……リタこそ、こんなところで何してるの?」
先ほどのウィルと全く同じ質問をされる。
やはりここに突っ立っていると、誰の目にも不審者に見えるのだろう。
「私も早くご飯食べ終えたから……ちょっと校内探索でもしようかなって思って」
「そうなんだ。……チラッと見えたけど、ウィルと話してたの?」
「うん、なんか図書室に行く途中だったんだって」
「そっか」
ふと、ウィルが先ほど言っていたことを思い出す。
「ウィルが一人で行動してるなんて珍しいと思わない?」
「確かにいつもはニコロと一緒だもんね」
「ニコロってば女の子に呼び出されたんだってさ。相変わらずモテモテだよね!」
「そうだね」
「……」
アイリの表情は、一点の曇りもない笑顔だった。
ここにウィルがいたら、リタ同様にニコロの不憫さを哀れに思ったことだろう。
それにしても、何故ここまでニコロはアイリに相手にされないのか。ニコロルートを前世で幾度もクリアしたことがあるリタには、その予想だけはついている。
ニコロルートで描かれた過去では、幼少のアイリはニコロを好きになりかけたが、彼の周囲にいる貴族の華やかな女の子たちと比べて、自分は釣り合わないと思い込んでしまった。つまり、アイリは女の子としての自己評価が極端に低いのだ。
これがゲーム内なら、プレイヤーの選択で『アイリ』を積極的に行動させて、ニコロの想いに気付かせてあげることが出来るのだが……、
「あ、アイリはさ、可愛いよ!」
「え……なんでニコロの話から、急に私の話?」
「いや、ニコロって優しいし人気者だけど……もっとみんなの前で仲良くしてもいいんじゃないかなって」
「……もうしてるよ。みんなと話せるようになってからは、ニコロと幼馴染なことも話したし」
「あ、そうなんだ」
リタが気が付かない内に、そこまで進展していたとは。
確かにアイリがクラスメイトに囲まれている時、ニコロがフォローしてる感じだったし、その時にでも説明したのかもしれない。
「……それより私は」
「ん?」
「……ううん、何でもない」
「?」
明らかに、何でもないという顔はしていないけど、無理に聞き出すのもいかがなものか。
リタが次の発言に悩んでいると、アイリの手がこちらに向かって伸びてきて、腕に触れた。
「ひゃぃっ!? な、なになに!?」
「びっくりし過ぎ……ブローチ、ちょっと曲がってたから」
「あ、ありがとう」
言いながら、胸元のブローチの角度を正してくれるアイリ。
そんなに曲がっていただろうか。リタにはよく分からないが、アイリがそう言うならそうなんだろう。
「……リタは最近、思ってることとかない?」
「思ってること? 特にないけど」
「そっか」
「……アイリは何かあるの?」
人にこういうことを聞いてくる人は、大抵自分が悩んでいる場合が多い。ただの偏見だが、それは当たっているのか外れているのか。
「ううん、なにもないよ」
アイリがいつも通りの笑顔で答えるものだから、よく分からなかった。
続く
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