第39話【これからのこと】

 それから質問や世間話をして、気が付けばここに来てから結構な時間が経っていた。

 途中からは先生の話が楽しくて、普通に魔法のことについてたくさん質問してしまっていた。でもこれ以上は流石に迷惑なので、先生に礼を言って職員室を後にする。



「どうしよう……こんなに展開が早いなんて、予想外過ぎる」


 ラスボスであるリュギダスがエクテッドに眠っていることは、もちろん知っていた。どうにかしないとゲーム通りに進んでしまう可能性があることも分かっていたから、一応考えもあった。


 リタは本来この学校に通うつもりはなかったので、リュギダスの封印を解くキッカケである組織を、事が起こる前に一人で倒そうと思っていたのだ。


 彼らは怪しまれないように生徒として校内に潜入して来るのだが、名前も顔も出身地も全て把握している。

 何故なら、その組織は制作陣のお気に入りなのかこだわりなのかは知らないが、ファンブックに全員の詳細な情報と、彼らが普段根城にしている場所まで記載されているから。何度もファンブックを読み返しているリタは、もちろん暗記済みだ。


 彼らはゲーム内では中ボス程度の扱いで、一人一人がそこまで強敵でもないので、不意を突けばいけるだろうと――正直軽く考えていた。

 そしてゲームのように残党を残さず、彼らを潜入前に殲滅させられれば、リュギダスの封印が解かれることもないと思った。



 でもこうなった以上、組織の存在は一旦置いておいて、リュギダスをどうにかするのが最優先だ。

 奴を倒す手段はゲーム内で提示されているが、この世界で試して上手くいくかの保証はない。かといって、ぶっつけ本番で挑むには相手が強過ぎる。


 ここはやはり、理事長に相談するのが一番だろう。

 ゲーム内では何だかんだ理由をつけて戦闘に参加出来ないキャラになっているが、この世界でならその力を存分にお借りできるはずだ——多分。


「……それにしても、なんで組織が潜入してないのに封印が解けたんだろう」


 ゲーム内のリュギダスの台詞やら行動やらを思い返しつつ考えてみても、さっぱり思い当たる節がない。

 今までもこの世界では、ホリエンをプレイしてるだけじゃ分からないことがたくさん起こったので、今更かもしれないが。


 とにかく、先生の記憶の件がリュギダスの仕業なら、奴は今も誰かに取り憑いてこの校内を転々としているはず。


「とはいっても、それこそゲーム通りなら探し当てるなんて無理だよなぁ……」


 奴は復活してから最終決戦までの間、様々な人物に気まぐれに取り憑き行動していたらしいのだが、具体的に何をしていたのかはほぼ明かされていない。


 主人公たちが奴の存在に気付くのも終盤だし、ホリエンのプレイ知識があったとしても現時点で奴を探し当てるのは不可能に近い。


 

 リタが悩みながら廊下を歩いていると、少し離れた場所に、遠目からでも目立つ金色が見えた。


「あれ? エミー、帰ったんじゃなかったの?」

「リタ様と一緒に帰りたくて待ってました!」

「そ、そっか……」


 満面の笑顔で答える姿は可愛いけど、なかなかな愛の重さを感じて気まずくなる。


「そういえば、さっきアイリが通りかかったのを見ましたよ」

「ほんと!? 一緒に帰りたかったなぁ」

「でも人に囲まれてましたし、話しかけ辛かったかもですね」

「あ、だとしたら居合わせなくて正解だったかな」


 自分が声をかけたら嫌がる生徒もいるかもしれないし。でも今日はアイリとあまりお喋り出来なかったから、部屋に戻ったら色々話したいな。

 アイリのことを思い出してニヤけていると、エミリーがこちらを見つめていることに気が付いた。


「……リタ様は本当にいいんですか? このままアイリが人気者になっても」

「むしろ良いことじゃない?」

「私は好きな人を独占したいタイプなので、賛同出来ませんね」


 同担拒否ってやつだろうか……いや、ちょっと違うか。リタのアイリへの好意と、エミリーのリタへの好意の種類が違うからというのもありそうだ。


「なのでリタ様がみんなに騒がれなくて安心してますけど……少し不服でもあるんです」

「不服って?」

「リタ様だって、ラミオや他の生徒をいっぱい撃破したのに、なんで誰も褒めてくれないんですか!?」

「あー……」


 それは自分でもさっき考えていたことだが——そもそもアイリを良く見せるために相手を散々煽って負けたんだから、リタは客観的に見てかなりダサい。褒められないのはむしろ自然だと、今更気が付いた。


「色々原因はあるんだろうけど、明確に思い当たる理由はあるよ」

「なんですか?」

「私、クラスメイトの顔と名前を全く覚えてなかった」

「……リタ様、それには流石の私も引いてしまいます」

「いや、だって……」


 アイリの退学阻止のため、ゲームに登場するキャラクターにしか目を配っていなかった——なんて、馬鹿正直に言えるわけもなかった。


「だって、なんですか? ……アイリ以外目に映らないから、とかですか?」

「……当たり!」

「当たり!じゃないですよ、もう……」

「アイリがみんなに好かれることが、私の生きる目標みたいなところあるから」

「……リタ様って、アイリに命でも救われたんですか?」


 エミリーは冗談で聞いているんだろうけど、その表現はあながち間違っていないかもしれない。

 前世のリタにとっても今のリタにとっても、アイリは間違いなく生きがいだ。


「…………自分で聞いておいてなんですけど、返事はいいです。何を言われても妬いちゃいそうなので」

「でも、私のことはエミーがいっぱい褒めてくれたから。それで十分嬉しいよ」

「……」


 ちょっと恥ずかしいことを言ったつもりが、無反応で返されてしまって余計恥ずかしい。しかもそっぽを向かれてしまった。


「あの、無視するのは無しでお願いしたいんだけど」

「急にそんなことを言うリタ様のほうが、無しです」

「……ん?」


 そう答えるエミリーの横顔が赤くなっているように見えて、つい好奇心から、彼女の顔が正面に見える位置に移動した。


「な、なんですか、今は見ないでください」

「いや、顔赤いなぁと思って」

「当たり前です! ……リタ様って時々、私の気持ち忘れてませんか?」

「流石に忘れてはいないけど……」


 正直、恋愛的なものではなく、子供特有の憧れ的な好きだと解釈しているところはある。

 言葉に詰まったリタを見て、エミリーは不機嫌さを隠すことなく頬を膨らませた。


「こんなこと言うのも失礼ですけど、リタ様の言葉は軽くて信用できません! 本当は私に褒められたって嬉しくもないんですよね。アイリに褒められないと」

「そ、そんなことないって。すごく嬉しいよ!」

「……それなら、行動で示してください」

「行動?」

「次の土曜日、私とデートしてください!」


 名案でしょうと言わんばかりのドヤ顔が可愛らしくて、リタは思わず笑った。

 デートなんて言っているが、ようは一緒に遊ぼうってことだろう。あまり深く考えずに承諾すると、エミリーは嬉しそうに瞳を輝かせた。


 ……一瞬、リタの脳裏にスピネルの顔が浮かんだが、今は忘れることにした。



◆ ◆ ◆



 寮の自室に戻ると、既に帰っていたアイリに出迎えられた。


「……実技の時のこと、説明してくれる?」


 出迎えられたというより、待ち構えられていたって表現の方が正しいかもしれない。

 

 リタがわざと負けたことを当然理解しているアイリは、実技が終わった直後からその理由についてしつこく聞き出そうとしてくるから、困っている。


 だって理由なんて「アイリのため」しかないわけだけど、言ったら絶対気にするだろうし。

 その上、怒られるか落ち込まれるか、何でそこまで自分に気を使うのかと気持ち悪がられるかの三択だから。


「説明するほどのことじゃないよ。あの状況でアイリが勝たないと、みんなが不審がると思ったから」

「だからってわざと負けることないでしょ。たとえば、私の魔力切れとかにすれば……」

「けど、あれだけ生意気言った私が勝っちゃったら、みんなのひんしゅく買いそうじゃない?」

「……そもそも、なんであんなに煽るようなこと言ってきたの?」

「テンションが上がっちゃって、つい」

「……」


 無言でこちらを見つめてくるアイリは、まだ完全には納得いかないって表情をしている。嘘を信じやすい彼女でも、流石にこの説明には納得できないものがあるんだろう。

 だけどやがて諦めたのか、視線を逸らして肩を落とした。


「責めるようなこと言ってごめん……元はと言えば、私が撃てなかったせいで気を使わせちゃったんだよね」

「気なんて使ってないって! アイリがどうこうじゃなくて、私がみんなからひんしゅく買うのが嫌だっただけ! それに気持ち的なことは仕方ないし……私こそごめん。アイリたちは本気で挑んでくれてたのに、変なことしちゃって」


 お互いに謝り合った後、気まずい空気が流れた。

 それを払拭するべきか少し考えたが、それよりも気になることがある。


「あのさ……私と初めて会った時、あいつらに攻撃させちゃったけど……それと同じように他の人を撃つことは出来なさそう?」


 今回の実技はゲーム形式だったから、たとえあそこで負けていたとしてもそこまで問題はなかったと思う。

 ただ今後実戦形式の授業が増えてきたら、そのうちアイリのトラウマがクラスメイトたちにバレて、説明する必要が出てきてしまうかもしれない。彼女の心情を考えると、それは極力避けたい。


「……私、本当に魔法の力加減に自信がないの。悪いことをしていない人相手だと、もしも前みたいに大怪我を負わせたらどうしようって不安になっちゃって……」


 敵意を持って襲ってくる相手と普通の人とじゃ、気の持ちようが違うということだろう。聞いておいてなんだが、当然の答えだった。


「でも……このままじゃダメなのも分かってる。この先も授業とか、誰かに決闘を申し込まれることもあるだろうし」


 リタも何か協力したいところだが、こればっかりは完全に本人の気持ちの問題だから、何をしてあげたらいいものか見当もつかない。

 不甲斐ない自分を情けなく思っていると、アイリが場にそぐわない明るい声で「ごめんね」と言った。


「なんか暗い雰囲気にしちゃった。これは私がどうにかする問題だから……えっと、別の話しよっか」


 とはいったものの話題は思いついていなかったらしく、黙り込んでしまうアイリ。

 素直な反応に苦笑しつつ、リタは教室での出来事を思い出した。


「クラスのみんなに囲まれてたけど、上手にお話出来た?」

「子供じゃないんだから……でも、正直ニコロがいなかったら結構怪しかったかも」


 まあ、いきなり大人数に囲まれればそうなるのも無理はない。


「この調子で友達百人目指そうよ!」

「そんなにいらないよ……たくさんの人と話すのは新鮮だけど……ちょっと苦手なの。……そういえばリタ、今日は帰ってくるの遅かったね」

「ちょっと先生に質問しに行ってたから」

「そっか、今朝言ってたね…………あ、もしかして期末のこと?」

「……うん、そう。どんな感じなのかなって気になってたから、ちょっと話聞いてきた」


 本当は全然違うのだが、そういうことにしておいた方が無難だと思った。


 もうすぐ訪れる期末試験は、座学や実技などの総合評価で実力を測り、それを参考に次年度のクラスが編成されたりするので、学生的にもかなり大切なイベントであり――リタにとっては今もっとも重要視すべきイベントだ。


「どんなことするかとか聞いた?」

「具体的な内容は教えてもらえなかったよ」

「そっか……模擬戦とかもあるのかな……」


 その時は実力差を考慮してアイリとリタの対決になりそうだが、現状アイリはリタ相手でも魔法弾すら撃てなかったので、どのみち苦難しそうだ。


「まあ座学で点数とれれば、万が一実技で全力出せなくても極端に成績落ちることもないだろうし、そんなに深く考えない方がいいよ」

「そ、そうだね。……とりあえず、実技のことは考えないでおこう」


 ぼんやりとした言い方だったけど、その表情からは切実なものを感じる。

 どうやらアイリのトラウマは、想像以上に根深いものらしい。



続く

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